PARP (poly-(ADP-ribose) polymerase) 阻害剤 オラパリブ olaparib(商品名 リンパーザ Lynparza)は、DNA損傷修復機構に注目し、合成致死性 synthetic lethality を利用する分子標的薬である。米国承認されている他の薬剤としては、ルカパリブ rucaparib(Rubraca)、ニラパリブ niraparib(Zejula)、タラゾパリブ talazoparib(Talzenna)がある。現在は卵巣癌、乳癌、前立腺癌に対して適応があるが、膵癌でも効果がある、という知見が得られている。
PARP阻害剤の作用機序
DNAの一本鎖切断(single strand break, SSB)が起こったとき、PARPがSSB部位に結合する。PARPはPARP自身やヒストン等をpoly-ADP ribose化(PARylation)する。poly-ADP riboseの強い負電荷により、修復酵素が集まりSSBが修復されるとともに、poly-ADP ribose化したPARPはDNAから離れる(図1左)。
PARP阻害剤はこの修復過程を阻害する。それだけではなくDNAに結合したPARPが離れなくなることにより、DNA複製過程が停止、そして二本鎖切断(double strand break, DSB)を引き起こす(図1右)。DSBが修復されなければ、DSBが蓄積し細胞死を引き起こすことになる。PARP阻害剤は自身のSSB阻害と他の要因によるDSB修復障害により、癌細胞死を引き起こす。合成致死性 synthetic lethality は、単独遺伝子欠損では細胞や個体に対する致死性を示さないのに,複数の遺伝子の欠損が共存すると致死性を発揮する現象であり、PARP阻害剤は合成致死性を利用する分子標的薬である(図2)。
DSB修復の主要なメカニズムは相同組換えであり、相同組換え修復(homologous recombination repair, HRR)に関連した遺伝子の異常にもとづいて、患者選択を行う。代表的な遺伝子はBRCA1/BRCA2だが、その他にRAD51C, RAD51D, ATM, BARD1, PALB2, BRIP1があり、相同組換え修復能欠乏(homologous recombination deficiency, HRD)患者の10%を占める。またHRDと卵巣癌の白金製剤感受性には強い相関があり、白金製剤感受性卵巣癌患者の維持療法に用いる。現在FDAに承認されているPARP阻害剤を図3にまとめた。単剤治療が基本である。日本で承認されているオラパリブは、卵巣癌に加えてBRCA変異陽性Her2陰性転移性乳癌に適応がある。HRR遺伝子変異陽性転移性去勢抵抗性前立腺癌の承認は米国のみである。
臨床試験成績
FDA承認のもとになった各臨床試験結果の概要を図4にまとめた。卵巣癌に関しては3つの薬剤が米国承認されているが、薬剤効果に大きな差はないように見える。乳癌の2つの薬剤オラパリブとタラゾパリブについて全生存期間の評価が終了しており、両者とも対照と比較して優位性はなかった。但し良好な結果が得られているサブ患者集団もあり、薬効が完全に否定されたわけではない。
コンパニオン診断
BRCA1/BRCA2 の変異検出が中心である。BRCA1はDNA 損傷に反応する蛋白質と複合体をつくってDSB修復に関与する。BRCA2の機能に関する一つのモデルはRAD51と複合体をつくることでRAD51の活性を制御している、というものである。
現在以下のコンパニオン診断システムがFDAの承認を受けている。
・Myriad BRACAnalysis CDx;サンガー法によるBRCA1/BRCA2変異検出システム。
・Myriad MyChoice CDx;次世代シークエンサーによるBRCA1/BRCA2変異検出システム+Genomic Instability Score (GIS)。GISは、Loss of Heterozygosity (LOH), Telomeric Allelic Imbalance (TAI), Large-scale State Transitions (LST)から算出する。個々の遺伝子異常ではなくHRDの直接効果を計測する。
・FoundationFocus CDxBRCA
・FoundationOne CDx; BRCA1/BRCA2 を含むHRR関連遺伝子(14個)の変異検出。
文献
Keung, M,Y.T. et al. J Clin Med 2019 8:435. DOI:10.3390/jcm8040435
Gourley, C. et al. J Clin Oncol 2019 37:2257-2269. DOI:10.1200/JCO.18.02050
de Bono, J. et al. N Engl J Med 2020 382:2091-2102. DOI:10.1056/NEJMoa1911440