精密医療電脳書

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葉酸受容体FRαに対する分子標的薬:葉酸薬物複合体と抗体薬物複合体

葉酸はDNAの生合成に必須なビタミンであり、不足すると細胞増殖の盛んな組織に大きな影響を与える(悪性貧血など)。葉酸関連の抗がん剤としては代謝拮抗剤であるメソトレキセートMethotrexateがあるが、葉酸受容体FRαを標的にした分子標的薬が開発中である。

 

細胞の葉酸取り込みメカニズム

主な取り込み機構はreduced folate carrier RFCで、水溶性の還元型葉酸を取り込む低親和性だが高容量の双方向性陰イオン交換メカニズムである。RFCには組織特異性はない。

RFCの他に高親和性の葉酸受容体FRがあり、FRalpha, FRbeta, FRgamma, FRdeltaの4つのアイソフォームがある。FRと葉酸あるいは還元型葉酸が結合するとエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれる。FRはRFCと異なり組織特異性があり、FRαは一部の極性表皮(子宮、胎盤、脈絡叢、肺、腎臓)に限局して発言している。また一部の癌で過剰発現している。

 

FRαに対する分子標的薬

FRαの組織特異性、腫瘍特異性を利用すれば、選択的に腫瘍細胞に薬物を取り込ませることができる。FRαに対する分子標的薬をFRα高発現の癌に投与する精密医療が現在開発中である。創薬に関しては次の2つのアプローチが有望だろう。

 

葉酸薬物複合体 Folic acid small molecule drug conjugate, FA-SMDC

葉酸と低分子化合物の複合体で、Vintafolideが代表的だった。Vintafolideはビンクリスチン(desacetyl vinblastine monohydrazine, DAVLBH)と葉酸のFRα結合部位からなり、FRαを介したエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれる(図1)。DAVLBHはエンドソームから細胞質内へ放出され蓄積する。DAVLBHは細胞内の微小管を不安定化させることにより細胞分裂を阻害する。

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図1.葉酸薬物複合体の細胞内への取り込み。エンドサイトーシスで取り込まれた後低分子化合物が細胞質へ放出される。抗体薬物複合体も同じメカニズムで取り込まれる。Fernandez,Javaid and Chudasama 2018より。

 

抗体薬物複合体 Antibody drug conjugate, ADC

葉酸のFRa結合部位の代わりにFRαと結合する抗体を用いれば同じメカニズムで低分子化合物を細胞内に取り込ませる事ができる。Mirvetuximab soravtansineが代表的な薬剤で、FRa抗体とチュブリンを標的とするmaytansinoid DM4の複合体である。

 

進行性卵巣癌への応用

卵巣癌は約80%の症例でFRαが高発現しており、これらの薬剤が走行する可能性がある。卵巣癌の薬物療法ではPARP阻害剤が重要だが、その効果は白金製剤感受性卵巣癌に限られるため、白金製剤抵抗性の症例に対する治療法が求められていた。FRαに対する薬剤はその有力な候補であるため、臨床試験はまず進行性卵巣癌で進められている。

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Vintafolideは進行性卵巣癌を対象として第III相試験が行われたが、中間解析の段階で2014年中止になった。

Mirvetuximab soravtansineについてはFRα陽性進行性卵巣癌に対するベバシズマブとの併用療法の臨床試験が行われた。60人の患者の中で32人が白金製剤抵抗性、28人が感受性であった。28人に腫瘍縮小が認められ、奏効率は47%(95%信頼区間 34−60%)、奏効期間中央値9.7ヶ月(無憎悪生存期間中央値8.3ヶ月(5.6−10.6ヶ月)だった。グループ別の成績は図2に表示した。FRα高発現(FRα陽性は高発現と中等度発現に細分化されている)で奏効率が高い傾向が見られる。

有害事象としては、下痢、視覚障害、疲労、嘔吐など。グレード3,4の白血球減少(12%、3%)と高血圧(13%、0%)の頻度が高い。

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図2.Mirvetuximab soravtansine/bevacizumab併用療法の臨床試験結果。

 

Mirvetuximab soravtansineの臨床試験

O'Malley,D.M, Oaknin, A., Matulonis, U.A. et al. Mirvetuximab soravtansine, a folate receptor alpha (FRα)-targeting antibody-drug conjugate (ADC), in combination with bevacizumab in patients (pts) with platinum-agnostic ovarian cancer. J Clin Oncol 39, 2021 (suppl 15; abstr 5504) DOI:10.1200/JCO.2021.39.15_suppl.5504

 文献

Fernandez, M.,Javaid, F. and Chudasama, V. Advances in targeting the folate receptor in the treatment/imaging of cancers. Chem. Sci., 2018, 9, 790. DOI: 10.1039/c7sc04004k