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EGFR exon 19 deletion エクソン19欠失:サブタイプとキナーゼ活性化メカニズム

エクソン19欠失はL858Rとともに代表的なEGFR活性化変異であり、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤選択のため必ずその有無を検査する。多くのサブタイプがあり、サブタイプのカバー率が検査性能に影響する。エクソン19欠失によりキナーゼは活性化するが、活性化メカニズムは野生型蛋白と変異蛋白の構造比較から明らかになる。本稿では以下の2点について説明する。

・アジア人におけるエクソン19欠失サブタイプと変異検査への影響

エクソン19欠失のキナーゼ活性化メカニズム

なお、EGFRの簡単な説明は「精密医療 〜 遺伝子情報による治療法選択」参照のこと。

 

エクソン19欠失のサブタイプ

現在承認されているコバスEGFR変異検出キット、therascreen EGFR 変異検出キット RGQ 「キアゲン」及びEGFRリキッドでは、それぞれ29個、20個、12個のサブタイプが検出可能である。

一見EGFRリキッドの変異カバー率は劣るようにみえるが、コバスとtherascreenのサブタイプ設定は欧米のデータに基づいたものであり、アジア人ではサブタイプの出現頻度が異なる。Suらが中国で行った大規模研究の結果を図1に示す。コバスが対象としているサブタイプの中には、この集団で出現していないものも多く、またコバスが対象としていないサブタイプも多かった(16.3%;図1、other types)。このアジア人集団でのエクソン19欠失カバー率は、コバスEGFR変異検出キット 83.4%、 therascreen EGFR 変異検出キット 83.0%、EGFRリキッド 82.7%であり、大きな差はない。

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図1.エクソン19欠失サブタイプのアジア人における頻度。EGFRリキッドに収載されていないサブタイプを赤丸で示した。データはSu et al., 2017による。

 

野生型EGFRの3次元構造

EGFRはEGFが結合する細胞外領域、膜貫通領域、細胞内のキナーゼ領域の3つの領域に分けられる(図2A)。EGFRにEGFが結合するとEGFRが二量体になり、キナーゼの活性化が起こる。キナーゼがEGFRのチロシン基をリン酸化することにより増殖促進シグナルが惹起される。キナーゼ領域はN-lobeとC-lobeに分かれる。N-lobeはβ構造が大部分をしめるが、キナーゼの活性化に重要なαC helixとP-loopを含んでいる(図2B)。C-lobeは、対象的に大部分がαヘリックスで、活性化部位(A-loop)と触媒部位(catalytic loop)がある。

活性化状態では、αC helixはATP結合部位に向く位置し(”αC-in”)、活性に重要なE762とK745間の塩橋(salt bridge)ができる(図2B、ボックス)。またA-loop内にあるDFG-motifが伸びた状態になっている(”DFG-in”)。

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図2.野生型EGFR蛋白の構造。A、EGFR蛋白全体の模式図。B、キナーゼ領域活性型の3次元構造。重要部位をオレンジで表示。ATPはスティックで表示。ボックス内はE762とK745間の塩橋。Tamirat et al., 2019 より改変。

非活性化状態には2つの構造がある。Src-like構造(図3A)は、1)αC helixはATP結合部位から外れた位置(”αC-out”)をとりE762とK745間の塩橋が消失、2)A-loopのN端はヘリックス構造で、DFG-motifは伸びた状態(”DFG-in”)。DFG-out構造(図3B)は、1)αC helixは”αC-out”、2)DFG-motifの位置がかわってアスパラギン酸がATP結合部位からはずれる(”DFG-out”)。データベースの登録数はSrc-like構造の方が多い。

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図3.活性型及び非活性型キナーゼ領域中核部位の構造。活性型(青)と非活性型を重ね合わせて表示。A、Src-like 非活性型(赤)。B、DFG-out非活性型(緑)。Tamirat et al., 2019 より改変。

 

EGFRエクソン19欠失のキナーゼ活性化メカニズム

エクソン19欠失はN-lobeの3番目のβ構造(β3 strand)とαC helixの間のβ3-αC loop内のアミノ酸配列の欠失である(図4A)。最も多いサブタイプはE746からA750までの欠失(E746_A750 del, ∆ELREA)である。L858RとT790Mについては3次元構造が報告されているが、エクソン19欠失はなく、Tamiratらは∆ELREAの構造を分子動態シミュレーションで予測している。

ATPが結合した活性型構造ではE762とK745間に塩橋ができる(図4B)。E762とK745間の距離は∆ELREAで短くなる(図4C)。

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図4.エクソン19欠失のE762−K745塩橋への影響。A、主要変異(エクソン19欠失、L858R、T790M)の位置。B、E762−K745塩橋。C、E762−K745間の距離;縦軸、距離(Å);横軸、シミュレーション経過時間(nanosecond)。Tamirat et al., 2019 より。


図5A 左ではEGFR-ATP複合体の平均的構造を野生型(青)と∆ELREA(ゴールド)を重ね合わせて表示している。∆ELREAでは、配列欠失によりαC helixが野生型よりもゆらぎが少なくATPと対峙している。シミュレーションでのATP-EGFR間の水素結合数の実測値は図5Bで、平均的な構造は図5A右に示している。野生型では4箇所に対し(図5A右上)、∆ELREAでは5箇所である(図5A右下)。シミュレーションでの結合自由エネルギー値の実測値は∆ELREAが全体的に大きい。すなわち、∆ELREAでは1)αC helixのゆらぎが少なく安定、2)塩橋をつくる2つのアミノ酸間の距離が短縮、3)ATPとの水素結合数が増加する。これらの構造的変化による活性型の安定が、キナーゼ活性の上昇をもたらす、と考えられる。

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図5.A、ATP結合EGFRの構造(右)。野生型(青)と∆ELREA(ゴールド)を重ね合わせて表示。ATPと重要なアミノ酸残基をスティックで、マグネシウムイオンを緑丸で表示。水素結合表示、野生型(右上)、∆ELREA(右下)。B、水素結合数のシミュレーションでの実測値。C、結合自由エネルギーのシミュレーションでの実測値。Tamirat et al., 2019 より。

 

文献

エクソン19欠失サブタイプ

Su, J. et al. Oncotarget. 2017 8(67): 111246–111257. DOI:10.18632/oncotarget.22768

分子動態シミュレーション

Tamirat, M.Z. et al., PLoS ONE 2019 14(9): e0222814. DOI:10.1371/journal.pone.0222814