KRASは変異頻度が高い癌遺伝子で分子標的薬の開発に多大の投資が行われてきたが、困難を極めた。最近になってAMG510(開発コード、一般名は sotorasib)を初めとする実臨床で使用できる阻害剤が現れた。これらの阻害剤はKRAS G12Cの置換したシステインと阻害剤のジスルフィド結合を利用している。従って他の変異には対応できない点に留意する必要がある。
開発の経緯
スイッチ II ポケットの発見
2012年にKevan Shokat 博士らはジスルフィド結合する化合物ライブラリをスクリーニングして、KRAS G12Cと共有結合するが野生型KRASとは結合しない化合物として2E07と6H05を得た(図1a)。その後の研究で得られた6H05の誘導体 compound 6Osterim とKRAS G12Cの複合体の結晶構造解析により、compound 6Osterim は、ヌクレオチド結合領域ではなく、化合物の結合により明らかになったスイッチ IIポケット(switch II pocket, S-IIP)に入っていることがわかった(図1b)。スイッチ I(残基 30-38)とスイッチ II(残 基 60-76)はGTPの加水分解反応により構造が変化する領域である。スイッチ IIポケットはスイッチ II と隣接するベータシートの間にできる新しい構造で、compound 6Osterim の結合によりKRASの構造が不活性のGDP結合型に固定される。Shokat 博士らの誘導体の中ではcompound 9Osterim とcompound 12Osterim が最も蛋白構造の変化が強かった(図1c)。compound 9Osterim とKRAS G12Cの複合体の構造はcompound 6Osterim の複合体の構造と似ている(図1d)。
ヒトに投与可能なKRAS阻害剤の開発
2018/2019年には、ヒトに投与可能なKRAS阻害剤としてAMG 510, MRTX849, JNJ-74699157(ARS-3248)が開発された。最も研究が進んでいるアムジェンAmgen のAMG510 について説明する。
初期の化合物の問題点は生化学的活性が低いこと以外に、薬物動態の問題、すなわち血中での安定性、経口投与への適正などがあった。ARS-1620はこれらの問題点を解決した最初の化合物であった。アムジェンは独自にindole lead 1Amgenを同定したが、これはARS-1620 とは異なり、tetrahydroisoquinoline ringがH95, Y96, Q99からなる新しい構造に入り込む(図2c:H95の向きが異なる点に注意)。結合が安定になるため、生化学的活性が向上した。更に開発を続けた結果得られたのがAMG510である。ARS-1620 とindole lead 1Amgenと比較して大幅な生化学的活性の上昇が認められた。薬剤動態、経口での薬剤活性もよい。
AMG510の第1相試験
対象患者は129人(非小細胞肺癌59人、大腸癌42人、その他28人)で平均3種類(0-11種類)の前治療歴がある。73人(36.6%)に副作用があり、15人(11.6%)はグレード3,4であった(用量との関連性はない)。臨床成績は図3のとおりである。その他の癌腫、すなわち膵癌、子宮内膜癌、虫垂癌、悪性黒色腫でも腫瘍縮小効果が認められた。期待できる成績である。
注.G12C-TE KRAS G12C target entanglement:化合物とKRAS G12Cの結合速度。
pERK IC50 MIA PaCa-2 :KRASで活性化されるERK活性のIC50。
Clearance:クリアランス、化合物の血中消失速度。
Vss(steady state volume of distribution):分布容積。大きいほど組織への浸透がよい。
文献
Goebel, L., Müller, M.P., Roger S. et al. KRasG12C inhibitors in clinical trials: a short historical perspective. RSC Med. Chem., 2020, 11:760-770. DOI: 10.1039/D0MD00096E
Hong DS, Fakih MG, Desai J, et al. KRASG12C inhibition with sotorasib in advanced solid tumors. N Engl J Med. 2020; 383:1207-1217. DOI: 10.1056/NEJMoa1917239