精密医療電脳書

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抗体薬物複合体 Antibody Drug Conjugate 〜 肺癌関係 ASCO2023

抗体薬物複合体 Antibody Drug Conjugate は、この2−3年急速に市場に現れてきた新しいタイプの抗がん剤だ。日本にとって重要なのは、第一三共が高い技術を持っている点で、HER2変異陽性肺癌二次治療に最近承認されたトラスズマブ デルクステカンも第一三共により開発された。

 

 

抗体薬物複合体の特徴

抗体薬物複合体(Antibody-drug conjugate: ADC)は、抗体に抗がん剤などの薬を付加したもの。 抗体が特定の分子をもつがん細胞に結合する性質を利用して、薬を直接がん細胞まで運び、そこで薬を放出することで、抗腫瘍効果を発揮する。また、抗体自体に抗腫瘍活性を発揮する場合がある。図1はtrastuzumab deruxtecanの構造で、抗体と薬物(warheadあるいはpayloadと呼ぶ)がリンカーによって結合されている。

図1.Trastuzumab deruxtecanの構造

 

ADCの構成要素

ADCでは、抗原、抗体、ペイロード、リンカーが性能を左右する。それぞれの項目についてADCにおける重要なポイントをあげた。

抗原

- 腫瘍上で高均一発現
- 健常組織での発現は低いか全くない
- 抗体認識に対する高い親和性とアビディティ

抗体

- 腫瘍抗原に対する高い親和性とアビディティ - 免疫原性を低下させるためにキメラ化またはヒト化された抗体
- 免疫原性を低減
- 半減期が長く、分子量が大きい

ペイロード 

- 強力な薬剤
- 循環安定性
- 標的部位でのペイロードの効率的放出
- 非標的組織でのペイロードの早期放出を防ぐ


効率的なリンカー技術

(切断可能か切断不可能か)
- 結合部位
- DAR (drug antibody ratio) は薬物分布および薬物動態に影響する
最適なDARは、2~8

切断可能リンカー
生理的条件に依存して開裂:
pH、タンパク質分解、または高い細胞内グルタチオン

非切断性リンカー
リソソーム分解に依存する

 

作用機序

次の3つの作用機序が考えられている。

1)細胞表面上の抗原への抗体の作用

- 例えばトラスズマブはHER2への結合で、HER2の細胞内シグナル伝達を阻害する。

2)バイスタンダー by-stander 効果

細胞内に取り込まれたペイロードが抗体から解離後、細胞外に染み出して周辺の細胞を破壊する

3)抗体依存性細胞障害

細胞性免疫のメカニズムに基づいた細胞毒性。

 

現在つかわれているペイロード

現在使われているペイロードには4種類あるが(図2)、いずれも単体では毒性が強く抗がん剤としては使えない化合物である。抗体によって選択的にターゲットに輸送することにより、抗がん剤として使えるようになった。

図2.現在使われているペイロード。

 

肺癌への応用 〜 trastuzumab deruxtecan

トラスツズマブ

トラスツズマブは単独または化学療法との併用で試験された。その結果、トラスツズマブ単剤のORRは0%であったが、化学療法との併用で中程度の活性が認められた。

 

トラスツズマブ エムタンシン

トラスツズマブ エムタンシンは、前治療歴のあるHER2過剰発現NSCLC患者を対象に試験された。その結果、IHC 2+の患者では、ORRは0%、PFS中央値は2.6カ月であった。IHC 3+の患者では、ORRは20%、PFS中央値は2.7カ月であった。HER2変異NSCLCでは、ORRは44%、PFS中央値は5カ月であった。HER2エクソン20変異陽性NSCLCでは、ORRは38.1%、DOR中央値は3.5カ月、PFS中央値は2.8カ月であった。

 

乳癌におけるトラスツズマブ・デルテクタンとトラスツズマブ・エムタンシンの比較

DESTINY-Breast03試験では、前治療歴のあるHER2陽性転移性乳癌において、トラスツズマブ・デアルキステカンとトラスツズマブ・エムタンシンが比較された。その結果、トラスツズマブ・デアルクステカンの無増悪生存期間(PFS)は28.8カ月(22.4-37.9カ月)であり、トラスツズマブ・エムタンシンのPFSは6.8カ月(5.6-8.29カ月)であった。PFSのハザード比(HR)は0.33(0.26-0.43)<0.0001であり、全生存期間(OS)の中央値はトラスツズマブ・デルクステカンが40.5-NRカ月で未到達(NR)であったのに対し、トラストツズマブ・エムタンシンのOSは34.0-NRカ月でNRであり、HRは0.64(0.47-0.87)p=0.0037¹であった。

 

NSCLCに対するトラスツズマブ・デルクステカンの効果

a. トラスツズマブ・デルウクステカンはDESTINY-Lung01試験でHER2遺伝子変異陽性NSCLC患者を対象に試験された。その結果、54.9%(50/91)の患者に治療効果が認められ(ORR)、無増悪生存期間(PFS)中央値は8.2カ月であった。奏効期間(DOR)中央値は9.3カ月、全生存期間(OS)中央値は17.8カ月であった。奏効は、HER2遺伝子変異のサブタイプを問わず、またHER2発現やHER遺伝子増幅が検出されない患者においても観察された。

b. Destiny Lung01試験では、HER2過剰発現NSCLC患者を対象にトラスツズマブ・デルクステカンが試験された。コホート1ではT-DXd 6.4mg/kgが投与され、ORRは26.5%、PFS中央値は5.7カ月であった(n=44)。コホート1aはT-DXd 5.4mg/kgを投与され、ORRは34.1%、PFS中央値は6.7カ月であった(n=34)。

c. HER2遺伝子変異陽性NSCLC患者に対する奏効率が54.9%、PFS中央値は8.2カ月なのに対し、HER2過剰発現NSCLC患者での奏効率は34.1%、PFS中央値は6.7カ月であった。HER2遺伝子変異陽性NSCLCでのADC細胞内取り込みの効率化が原因で、これらのデータによりトラスツズマブ・デルウクステカンはHER2遺伝子変異陽性NSCLCに対して承認されている。