古典的なEGFR変異(L858Rまたはエクソン19欠失)を持つ肺癌患者は、第一、第二、第三世代のチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)で治療すると、臨床転帰が著しく改善します。しかし、非定型EGFR変異を持つ患者は、EGFR-TKIに対する反応が不均一で低下します。承認されている非定型EGFR変異の治療法は限られており、多くの場合、患者は化学療法を受けることになります。したがって、薬剤感受性を予測できるEGFR変異の分類システムを確立し、より強固な臨床試験デザインを実現する必要があります。2021年に以下の論文でEGFRのタンパク質構造に基づく新しい分類法が提案されました。
Robichaux, J.P., Le, X., Vijayan, R.S.K. et al. Structure-based classification predicts drug response in EGFR-mutant NSCLC. Nature 597, 732–737 (2021). DOI:10.1038/s41586-021-03898-1
分類概要
この分類はEGFR変異を持つ細胞株への各種EGFR-TKIの感受性試験とEGFR三次元構造モデル解析の結果をもとにつくられました。エクソン18-21のEGFR変異を発現する76の細胞株のパネルを作成し、第一世代(非共有結合)、第二世代(共有結合)、第三世代(共有結合、T790M標的)およびEx20挿入変異に効果のある阻害剤、合計18のEGFR-TKIの効果を調べました。EGFRの構造モデル解析では、EGFRの野生株と変異体のX線構造を用いてin silico mutational mappingとドッキング実験を行いました。その結果4つのサブグループに分類できることがわかりました。
- 古典的変異, Classic-like:ATP結合ポケットから離れた場所にある。すべての世代のEGFR-TKIに感受性と選択性があります。
- PACC変異, P-loop αC helix compressing: ATP結合ポケットまたはαCヘリックスのC末端の内側表面上にあり、PループおよびαCヘリックス圧縮が予測されます。第二世代のEGFR−TKIに感受性があります。
- Ex20ins-L変異, exon 20 loop insertion:エクソン20のαCヘリックスのC末端のループ内に挿入される。第二世代とエクソン20挿入変異活性化型のEGFR−TKIに感受性があります。
- T790M様変異, T790M-like:疎水性コア内にある。第三世代EGFR-TKIに感受性があるタイプ(3S)とないタイプ(3R)があります。
この構造ベースの分類が、エクソンベースの分類(Yangらの分類)よりも優れていることは、細胞を使った薬剤感受性試験により明確に示されています。但し、臨床的検証は不十分なので、一部の変異を除き実地臨床への応用には臨床研究が必要です。
これらのサブグループの変異を図1にまとめました。EGFRエクソン18から21のアミノ酸配列に、タンパク質の2次構造を重ねて表示しています。なお、図1の変異は一部で、この研究で調べた変異の全リストは論文のsupplementary table 4に掲載されています。
それぞれのサブグループについて、もう少し詳しく説明します。
古典的変異 Classical-like
古典的変異はエクソン19欠失とL858Rと共通の構造上の特徴を持ったサブグループです(図1、紫)。これらは、阻害剤との結合部位から離れており、野生型EGFRと比較して、阻害剤との結合やEGFRの全体構造にほとんど影響を与えないと予測されています。すべてのクラスのEGFR-TKI、特に第3世代TKIに対して感受性および選択性を示します。
PACC変異, P-loop αC helix compressing
PACC変異は、EGFRのPループやαCヘリックスの向きを変えることで、第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブの結合を不安定にすると予測されます。しかし、第二世代EGFR-TKIは、EGFRのPループとは結合せず、水素結合部位を保持するため、PACC変異に対して高い選択性と効果を示します。PACC変異はオシメルチニブよりも第二世代EGFR-TKIに感受性が高く、構造機能ベースのグルーピングが新しい変異クラスを特定することに役立つことを示しています。PACC変異には治療前から出現しているもの(primary, 図1黄背景黒字)と治療により出現するもの(acquired, 図1黄背景赤字)があります。
Ex20ins-L変異, exon 20 loop insertion
エクソン20にある変異には、PACC変異、αCヘリックスに挿入される古典的変異(A763insF/LQEA)、αCヘリックスのC末端側のループに挿入されるエクソン20ループ挿入変異(Ex20ins-L)の3つのサブグループがあります。Ex20ins-Lは、第二世代やエクソン20挿入変異活性化型のTKI(EGFR exon 20 insertion エクソン20挿入 治療薬開発:amivantamab、オシメルチニブ、ポジオチニブ、TAK-788)に感受性がありますが、さらに近位ループ挿入変異(Ex20ins-NL, 図1茶背景黄字)と遠位ループ挿入変異(Ex20ins-FL, 図1茶背景白字)に細分化されます。Ex20ins-NLは、Ex20ins-FLよりもTKIに対する感受性が高いことが示されました。エクソン20内の変異は多様であり、エクソンベースの分類が治療選択に最適でないことを示しています。
T790M様変異, T790M-like
T790M様変異(図1,青)は、第三世代TKIに感受性があるもの(T790M-like-3S)と抵抗性があるもの(T790M-like-3R)に分けられます。T790M-like-3S変異は、第三世代TKIや一部のEx20ins活性化型のTKIに高い選択性を示しますが、T790M-like-3R変異は、T790Mと既知の薬剤耐性変異の組み合わせで、EGFR-TKIに抵抗性を示します。PACC変異の中で治療により出現するC797S, L718X, L792Hは、この薬剤耐性変異の例です。しかし、T790M-like-3R変異は、非共有結合型のALKやPKC阻害剤に対して選択性を保持することが示されました。これらのデータは、T790M-like-3R変異に対してALKやPKC阻害剤の試験や新規非共有結合型阻害剤の開発が有望であることを示唆しています。
エクソンベースの分類との比較
エクソンベースのEGFR希少変異分類(Yangらの分類)は以下のとおりです。
グループ1:エクソン18−21の変異、点突然変異、重複変異等すべてのタイプ。但しグループ2とグループ3は除く。
グループ2:de novo T790M 変異、T790Mを持つ複合変異を含む。
グループ3:エクソン20挿入変異。
構造分類は、グループ1を古典的変異とPACC変異に分類しています。グループ2については、構造分類はT790Mとの複合変異をEGFR-TKI感受性タイプと耐性タイプに細分類しています。グループ3で他の挿入変異と同様に扱われてきたA763insF/LQEAは、構造分類では古典的変異になります。