オシメルチニブ osimertinib(商品名 タグリッソ Tagrisso)は、第3世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)で、T790M耐性変異を持つEGFRを標的として開発された低分子化合物である。そのため最初は、EGFR-TKI治療後T790M陽性非小細胞肺癌患者が適応であった。EGFR-TKI 耐性患者への生検で肺癌検体を採取してT790M検査の必要があったが、再生検の負担は初回よりも大きい。生検回避のため血液検体での検査、すなわちリキッドバイオプシーへの期待が大きくコバスEGFR変異検出キットの血漿検体への適応拡大が早期に承認された。
現在オシメルチニブは一次治療から使用するので、T790M検査の重要性はかなり薄れている。しかしながらEGFR-TKI治療法は目まぐるしく進化するので、将来重要性が復活するかもしれない。
T790Mを持つ血中腫瘍DNA(circulating tumor DNA, ctDNA)はEGFR-TKI治療初期には出ていないので、治療のどの時期で出現するかは検査をする上で重要な問題である。私達は2010年代前半にctDNA動態解析を行ったが、その概略については以前紹介した。このデータを再解析してT790Mのリキッドバイオプシー検査のタイミングを推定した。
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PDまでの時間とctDNA(再)出現までの時間の関係
2011年11月から2014年3月にかけて大阪府立成人病センターでEGFR-TKI治療中の非小細胞肺癌患者を対象に、EGFR変異(エクソン19欠失、L858R、T790M)を指標にctDNA量を測定した(UMIN-CTR 番号: UMIN000006764)。詳細な血液採取時期については以前の記事を参照されたい。参加患者数は52人、採取した血液検体数は530検体だった。
長期にわたる血液検体が採取できて、PD(進行 progressive disease)になった症例は29例(データ追加で前回の解析より1例増えている)であった。ctDNAは活性化変異(エクソン19欠失、L858R)あるいはT790M耐性変異を指標に検出するが、PD後両方とも出現した症例は9例、活性化変異のみ出現した症例は6例、T790M耐性変異のみ出現した症例は1例である。
まずEGFR-TKI投与開始からPDになるまでの時間とctDNAが再出現(活性化変異)あるいは出現(T790M耐性変異)までの時間を比較した(図1)。
相関係数は活性化変異とT790M耐性変異でそれぞれ0.63、0.62だったが、PDになるのに600日以上かかった2例をoutlierとして除くと、それぞれ0.25と0.21になる。したがってPDになるまでの時間とctDNA(再)出現までの時間にはあまり相関がないことがわかった。
T790M測定のタイミング
次にPDになったタイムポイントを原点として、ctDNA(再)出現のタイムポイントがずれる時間をプロットしたのが、図2である。
PDよりもctDNA(再)出現が先行するケースでは、かなり早期にctDNAが現れる症例があるが、その逆、すなわちctDNA(再)出現が遅れるケースでは大きな遅延はなく、1例の例外を除いて100日以内に出現している。すなわちPD後約3ヶ月以降にT790Mが血液中に出現する症例は極めて少ない、と推定される。なお、この観察研究では血液検体採取義務はPDまでなので、検体採取がないためctDNAを見落としている可能性がある。最後の血液検体採取ポイントを図2にプロットしたが、PD後も長期に渡って血液採取している症例も多く、上記結論に影響を及ぼすことはない、と考えられる。
結論
PD後100日以降新たにT790M耐性変異が血液中に出現する症例は殆どなかった。従ってPD後約3ヶ月経過した時点でリキッドバイオプシー検査を行えば、最も成功確率が高くなる。もちろんエビデンスは不十分で、臨床的側面を考慮していない考察である。
データソース
Kato, K., Uchida, J., Kukita, Y., Kumagai, T., Nishino, K., Inoue, T., Kimura, M., Oba, S. and Imamura, F. Numerical indices based on circulating tumor DNA for the evaluation of therapeutic response and disease progression in lung cancer patients. Scientific Reports. 6 (2016) 29093. DOI: 10.1038/srep29093