精密医療電脳書

遺伝子情報解析による医学

肺癌遺伝子検査に関する基本的な見解

EGFR変異検出のリキッドバイオプシーシステム「EGFRリキッド」を開発し、現在は肺癌用遺伝子検査パネル「コンパクトパネル」を開発しているが、これらの研究領域に関する基本的な見解を示しておく。

 

遺伝子検査パネル

新しい検査法を構築するとき、感度100%・特異度100%の完全な検査はありえないので、測定方法や判定閾値を検討して目的に最適な条件を決定する。このプロセスについては以前の記事で紹介した(「PCR検査」 検査を評価する指標)。多項目の検査の場合はこれに加えて、いわゆる統計学上の多重性を考慮しなければならない。感度は検査法以外に検体採取の成否が影響するため、此処では特異度について説明する。2遺伝子検査の場合、一つの遺伝子検査の特異度99%とすると、2つの遺伝子ともに偽陽性が出ない確率は98%になる。10遺伝子検査の場合全遺伝子に偽陽性が出ない確率、すなわち全体の特異度は90.3%に低下する。このように多遺伝子検査の場合、すべての遺伝子の判定が正解となる確率は低下する。従って、多重性を考慮して個々の遺伝子検査の性能を調整し、偽陽性と偽陰性が許容範囲内におさまるように全体を設計しなければならない。

既承認のFoundation MedicineやThermo Fisherの遺伝子検査パネルは、もともと研究用で多数の遺伝子の変異の状態をスクリーニングする目的で構築されたものである。そのため対象変異は膨大な数になるため、偽陽性・偽陰性が発生しやすい。また広範な領域をPCRで増幅するため、領域間の増幅バイアス(増幅分子が多い領域と少ない領域ができる)も大きく、これにも対応する必要がある。そのため腫瘍細胞の多い検体に対象を限定することによって、変異のある状態とない状態の差を大きくして誤判定を防ぐ、という工夫がなされている。結果的に腫瘍細胞含有率の高い検体のみ検査可能で、病理診断での負担が増大しているのは周知のとおりである。また多重性制御は事実上行われていないので、偽陽性による重複変異の頻度が上がっている、と推察している。

この10年近くの研究で薬剤開発可能な遺伝子がかなり絞られてきている。肺癌であれば10前後の遺伝子に対応しておけばよく、少数遺伝子のパネルであれば、検体を制限することなく高感度と高特異度を達成できる

日本では気管支鏡生検が主流で、採取組織量や腫瘍細胞含有率が、米国製遺伝子検査パネルの検査基準を満たさないケースが多い。そのため微量組織や細胞診検体で検査可能な高感度パネルがあれば、肺癌診療を大きく改善できる。これに対し、米国の医師は、患者の負担軽減のための生検技術の改良には興味が無いように見える。情報収集が優先で、十分な量の組織を、必要であれば開胸手術で採取すればよい、という考え方で、高感度パネルの需要はあまりない。2つの国の医療カルチャーが異るため、米国メーカーが組織用高感度パネルをつくる可能性は低く、国内用に自らつくる必要がある。

 

リキッドバイオプシー

変異検出に血液を用いる場合、一部の患者には肺癌由来のDNAが血液中に滲出していない、という問題がある。肺生検も検体採取の失敗があるが、病理診断での腫瘍細胞の確認、検査会社での精製核酸量の測定等、技術的介入で検査の失敗を防止できる。生検検体での成功率は改善可能だが、血液への腫瘍DNA滲出率は改善できないので、できるだけ肺生検検体を用いるべきであり、リキッドバイオプシーは補助的手段に留めるべきである。

Guardant Health 360のような遺伝子検査パネルや私達の測定法(1)による検討では、EGFRのようなエクソン内の点変異と比べて、融合遺伝子の検出効率は低い(大体の目安としてEGFR70%、ALK50%)。Guardant Health 360を用いた米国のreal world dataでは肺癌患者の検出変異の約85%はEGFRであり(2)、日本ではこの比率はより高く、遺伝子パネルを用いても検出変異のほとんどはEGFRになる、と予想される。これらのことから国内での肺癌リキッドバイオプシーはEGFRのみで十分、と考えている。

米国ではFoundation Medicine、Guardant Health、Personal Genome Diagnoaticsの3社が、FDAから画期的医療機器の指定を受けてリキッドバイオプシー用遺伝子検査パネルを開発中である。現在の分子標的薬承認のルールでは、コンパニオン診断薬で選択された実験群での臨床有効性が立証できればよく、薬剤に有効な患者の取りこぼしは2次的な問題である。従って米国では、これらのパネルの変異検出感度が許容される可能性は十分ある。この辺の動きには注意する必要があるだろう。

なお、EGFRリキッドは血中変異アレルを定量できるので、血中腫瘍DNAの動態分析に応用できる。2020年3月の診療報酬改定でEGFR検査は3回まで可能になったので、この方面の応用を視野にいれる必要がある。

 

文献

  1. Kunimasa, K. et al. PLoS One, 2019 14: e0222233. DOI: 10.1371/journal.pone.0222233
  2. Aggarwal, C. et al. JAMA Oncol. 2019 5(2):173-180. DOI:10.1001/jamaoncol.2018.4305