精密医療電脳書

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リキッドバイオプシーの最新動向:グレイル、ガーダント・ヘルス、ファウンデーション・メディシン

この数ヶ月の間にリキッドバイオプシーに関して2つの重要な進展があった。一つはグレイル社 Grail, Inc. によるメチレーションを利用した早期診断法の報告である。もう一つはガーダント・ヘルス社 Guardant Health, Inc. のGuardant 360 CDxおよびファウンデーション・メディシン社 Foundation Medicine, Inc. の FoundationOne Liquid CDxの米国承認である。この2つのトピックスを分析する。

 

グレイル社のメチレーションに注目したアプローチ

グレイル社は次世代シークエンサーの製造販売会社であるIllumina社が早期診断技術開発のために立ち上げた会社である。莫大な調達資金をベースに大規模ながん早期診断の研究プロジェクトCirculating Cell-Free Genome Atlas (CCGA)を展開している。CCGAでは予備研究として、通常の変異(single nucleotide variants, SNV)解析以外に、遺伝子領域のコピー数(copy number variation, CNV)及びメチレーション解析を並行して行い、どの方法が最も優れているか検証した。その結果メチレーションが最も優れた指標であることがわかった。

DNAのCpG配列のCに-CH3(メチル基)がつくのがDNAメチレーションである。遺伝子発現を制御している領域(プロモーター領域)がメチレーションされると、その遺伝子は転写されなくなる。多くの遺伝子のプロモーター領域にはCpG配列が多いCpGアイランドという領域があり、メチレーションの度合が組織間、また正常組織と癌組織で異なっている。GRAILのアプローチはこのメチレーションのパターンに注目したものである。

グレイル社の方法では、100,000以上のゲノム領域をバイサルファイトシークエンス(メチレーションを検出するシークエンス方法)で解析して、機械学習で構築した分類器で癌の有無と癌の由来組織を予測する。2482人の癌患者(50種類以上)、4207人の非癌参加者をほぼ均等に学習セットと検証セットに分けて、学習セットで分類器を構築、検証セットで性能評価した。特異度は99.3%と極めて高かった。ステージ別の感度はステージI、18%;II、43%;II、81%;IV、93%。研究前に指定した12種類の癌(肛門、膀胱、/直腸、食道、頭頸部、肝臓胆管、肺、リンパ腫、卵巣、膵臓、骨髄主、胃)についてはステージI、39%;II、69%;II、83%;IV、92% であった。また由来組織の予測精度は93%であった。

機械学習のプロセスは極めて厳密に行われており、信頼性が高い。CCGA自体は前向き観察研究として行われているため、分類器の評価のためには別個の前向き検証試験が必要である。ただしこれまでの類似のアプローチ(遺伝子発現プロファイルによる癌の分類)では、解析対象遺伝子を絞り込めない場合は失敗しているので、メチレーションが有効かどうかは研究の進展を暫く見守る必要がある。競合企業であるファウンデーション・メディシン社 Foundation Medicine ,Inc. がメチレーションを指標としたリキッドバイオプシー・システムを開発しているLexent Bio, Inc.を買収しており、この分野の競争も激化しそうである。

Liu MC, Oxnard GR, Klein EA, Swanton C, Seiden MV, CCGA Consortium. Sensitive and specific multi-cancer detection and localization using methylation signatures in cell-free DNA. Ann Oncol. 2020 31: Pages 745-759. DOI: 10.1016/j.annonc.2020.02.011

 

ガーダント・ヘルス社のGuardant360 CDxおよびファウンデーション・メディシン社のFoundationOne Liquid CDx をFDAが承認

 

2020年8月7日にFDAがGuardant360 CDxを承認した。

Premarket Approval (PMA)

 Guardant360 CDxは55遺伝子の変異を次世代シークエンサーで解析する遺伝子検査パネルであり、承認項目は、

① 非小細胞肺癌治療薬であるオシメルチニブ(タグリッソ)のコンパニオン診断。対象遺伝子変異はEGFRエクソン19欠失、L858R、T790M。ただしこのテストで陰性であっても可能な場合は承認薬である組織生検で検査すること。

② tumor mutation profiling (日本ではゲノムプロファイリング)。対象疾患は固形癌。資格のある専門家が専門的なガイドラインに沿って使用する。特定の薬剤の使用を指示するものではない。

また2020年8月28日にFDAがFoundationOne Liquid CDxを承認した。

FDA News

FoundationOne Liquid CDxは300以上の癌関連遺伝子の変異を次世代シークエンサーで解析する遺伝子検査パネルであり、承認項目は、

① 非小細胞肺癌治療薬であるEGFR-TKI一次治療のコンパニオン診断。PARP阻害剤ルカパリブ rucaparib の前立腺癌治療におけるコンパニオン診断(対象遺伝子はBRCA1/2)。なお rucaparib は日本では承認されていない。

② 包括的ゲノム検査 (日本ではゲノムプロファイリング)。対象疾患は固形癌。遺伝子異常以外に同検査が提供する genome signature(microsatellite instability ~ MSIやblood tumor mutation burden ~ bTMB等)も含まれている。

①のコンパニオン診断は、両者とも非小細胞肺癌についてEGFRだけでなくALK, ROS1などを同時に変異検出する遺伝子検査パネルとしてFDAと協議していた。リキッドバイオプシーによるEGFR変異の感度は約70%であるのに対し、ALKはおよそ50%と低い。また両者を同時に検出するケースを考えた場合、感度は両者の積、すなわち約35%となる。分析性能として35%は問題外の数値である。この2つの承認から、統計学的多重性を考慮して、一つの診断ケースには一遺伝子のみ承認する、というのがFDAの方針、と推察される。肺癌コンパニオン診断の性能は私達のEGFRリキッドと大差ない。

②のゲノムプロファイリングに関しては、日本では厚生労働省によって厳密に施行施設や適用が決められている。現在使用可能な検査システムはシスメックスのOncoGuide™ NCC オンコパネル システム(対象遺伝子114個)と中外製薬のFoundationOne® CDx がんゲノムプロファイル(対象遺伝子324個、上記ファウンデーション・メディシン社の製品)である。いずれも癌組織を対象としている。FoundationOne Liquid CDx の遺伝子数は十分だが、Guardant360 CDxは55個とこれらと比較すると遺伝子数が少ない。日本の制度下でGuardant360 CDxが使用されるケースは少ない、と思われる。両者とも血漿を用いるので各遺伝子の感度が低下するという問題点があるが、侵襲性は低く、ゲノムプロファイリグ自体コンパニオン診断のような正確なデータは要求されないため、承認されればFoundationOne Liquid CDx は汎用されるかもしれない。