精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん LLM ブロックチェーン

オンコマインDx Target Testクラス I 自主回収

「オンコマイン Dx Target Test マルチ CDxシステム」の試薬の不具合で自主回収(クラス I )となった。患者識別に用いる合成DNA(バーコード)にラベルが誤っていたことが原因である。日本国内で見つかった不具合で、米国の検査室からの報告ではない。

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サーモフィッシャーのオンコマインDx Target Test自主回収事例は、遺伝子診断薬の品質管理体制における課題を浮き彫りにした。米国ではLDTは未承認診断薬を使用可能であるため、検査機関がオンコマインを使うメリットはない。そのためサーモフィッシャーでは製薬企業との診断薬承認ビジネスに重点が置かれ、品質管理の不備が発生した可能性がある。またNGS技術が複雑なため、IVDとして管理することは技術的に難しいのかもしれない。

米国においては、研究用試薬の品質管理を一貫性のあるものにするための規制強化が進行中で、2027年11月よりCLIA管理下のLDTはFDA審査要件の遵守が求められる。それまでは今回と同様の問題が再発する危険性がある。

 

注:被害の規模は計算できる。オンコマインのトラブルでは1キットあたり2人の患者が入れ替わる。EGFR陽性率を25%とすると、2人ともEGFR陽性の確率は6.3%。すべての変異で陰性の確率を70%とすると2人とも陰性の確率は49%。従って2人の患者で変異が食い違っている確率は44.7%になる。271キットすべてでラベルに貼り間違いがあり、200キット使用済みと仮定すると、200x0.447x2=179人となる。

 

 

米国における遺伝子診断機器の規制


1. 規制機関と基本枠組み

米国における遺伝子診断機器の規制は、FDA(食品医薬品局)が担当している。医療機器はリスクに応じてクラスIからIIIに分類され、クラスIIIが最高リスクに該当する。遺伝子診断機器は「体外診断用医療機器(IVD)」に分類され、特にコンパニオン診断薬はクラスIIIに該当する。また、CLIA(Clinical Laboratory Improvement Amendments)による検査室の品質管理も重要な役割を果たしており、検査の精度や信頼性を確保するための基準が設けられている。


2. 承認プロセス

承認プロセスには、510(k)と呼ばれる既存製品との同等性を証明する手続きがあり、中~低リスク機器に適用される。クラスIIIやコンパニオン診断薬には、臨床データの提出が必須となるPMA(前市承認)が適用される。また、新規製品で中リスクの場合にはDe Novo分類が活用される。


3. リコール制度

リコール制度においては、クラスIリコールが健康被害の重大リスクを伴う最重区分として位置づけられている。今回の試薬不具合は、誤った治療判断を招く可能性があるため、米国ではクラスIリコール相当と判断される可能性があるが、RUOに関してのアクションは不明である。

 

日本における遺伝子診断機器の規制


1. 規制機関と基本枠組み

日本においては、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が審査を行い、厚生労働省が承認を担当している。医療機器はクラスIからIVに分類され、クラスIVが最高リスクに該当する。オンコマインDxは「体細胞遺伝子変異解析システム」としてクラスIIIまたはIVに該当する。


2. 承認プロセス

クラスIIIおよびIVの製品は、PMDAによる厳格な審査を受け、臨床データの提出が一般的である。コンパニオン診断薬は治療薬の適応判定に直結するため、優先審査の対象となる。


3. リコール制度

日本のリコール制度には自主回収報告制度があり、製造販売業者に義務付けられている。回収区分において、クラスIは生命・健康への重大な影響が懸念される場合に該当する。今回の回収は、試薬不具合による治療選択の誤りを引き起こすリスクからクラスIに分類されている。

 

オンコマインDx Target Test固有の問題

 

本製品は非小細胞肺がんにおける遺伝子変異検出を主な用途としている。特にRET融合遺伝子やEGFRエクソン20挿入変異等の検出が可能であり、NGS技術を用いた包括的遺伝子解析システムとして開発されている。サーモフィッシャー社において唯一のFDA承認を受けた遺伝子診断薬である。日本においてもPMDAの承認を取得しており、各国での使用実績を積み重ねている。

同社の遺伝子診断薬部門における品質管理体制には、FDA承認製品が限られているため、成熟度に疑問がある。また、事業の重点が検査ビジネスではなく製薬企業との取引にある可能性がある。米国ではLDTがFDA承認なしで使用可能であり、検査機関にとってFDA承認診断薬を使用するメリットは少ない。しかし、製薬企業はコンパニオン診断が必要な抗がん剤を販売する際、薬剤と診断の両方で承認が必要であり、多数の遺伝子を搭載するオンコマインは優先的な選択肢となる。サーモフィッシャーが製薬企業とのビジネスに重点を置くことで、管理上のトラブルが発生した可能性がある。さらに、NGS技術の複雑性により、試薬管理やデータ解析の精度管理が難しくなっている。多くの類似診断システムがLDTであることから、IVDとして管理することは技術的に難しいかもしれない。

 

規制強化の動向

 

米国の規制において、研究用試薬が医療現場で使用される可能性があることは、規制の抜け穴として長らく指摘されてきた。FDAの承認を受けた試薬と研究用試薬が同一製品内で混在している状況は、品質管理の一貫性を欠く要因となり得る。これに対し、日本では医療用途に使用されるすべての試薬が厳格な基準で管理されるため、問題が発生した場合には迅速かつ厳格な対応が求められる。

米国においては、研究用試薬の品質管理を一貫性のあるものにするための規制強化が進行中で、2024年4月29日、FDAは体外診断用医薬品の安全性と有効性の確保を支援することを目的とした規則案を最終決定した(Laboratory Developed Tests | FDA)。この規則に基づき、FDAはLDTとして提供される体外診断用医薬品の監視を強化するため、LDTに対する現在の執行裁量アプローチを4年間かけて段階的に廃止する方針を最終決定した。この段階的廃止には、検査施設が製造する特定のカテゴリーの体外診断用医薬品を対象とした施行裁量方針も含まれる。この規則によると2027年11月6日から、LDTとして提供される高リスクIVD(クラスIIIに分類される可能性のあるIVD)はFDA市販前審査要件の遵守が要求される。

 

まとめ


次世代シークエンサーを用いた遺伝子診断は、その技術的複雑性から、従来の医療機器とは異なる品質管理アプローチが必要である。サーモフィッシャー社のオンコマインDx Target Test自主回収事例は、この分野における品質管理の課題を明確に示している。
今後、規制強化が進む中で、製造企業には更に高度な品質管理体制の構築が求められる。同時に、規制当局には技術の特性を考慮した適切な規制枠組みの設計が期待される。遺伝子診断薬の信頼性向上には、規制と品質管理の両面からのアプローチが不可欠である。


参考文献


1.    FDA, "Laboratory Developed Tests"
https://www.fda.gov/medical-devices/in-vitro-diagnostics/laboratory-developed-tests
2.    PMDA, "医療機器の承認申請について"
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/about-reviews/devices/0003.html
3.    FDA, "Companion Diagnostics"
https://www.fda.gov/medical-devices/in-vitro-diagnostics/companion-diagnostics
4.    厚生労働省, "医療機器の製造販売承認申請について"
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000179749_00001.html
5.    Clinical Laboratory Improvement Amendments (CLIA)
https://www.cms.gov/regulations-and-guidance/legislation/clia


この論説では、オンコマインDx Target Testの自主回収事例を出発点として、遺伝子診断薬の品質管理における課題を多角的に検討した。特に、サーモフィッシャー社の事例を通じて、品質管理体制の整備状況と今後の課題を明らかにした。規制強化が進む中、製造企業の品質管理体制の充実と、適切な規制の在り方の検討が重要である。