医学の先端的研究の多くは、民間企業との連携が不可欠だ。しかし民間企業は利益追求が本来の目的であるため、医学研究にさまざまな影響を及ぼしている。営利企業のほうがアカデミアよりも強いため、科学者の評価よりも投資ファンドや市場の評価のほうが的確なこともある。
遺伝子検査パネル
サーモフィッシャーサイエンティフィックの「オンコマイン Dx Target Test マルチ CDxシステム」遺伝子異常の検出性能が悪い(正確には感度が悪い)ため、検査試料を採取する側の医療従事者に大きな負担を強いている。がん組織はがん細胞だけでなく、その他の正常細胞も含んでいるが、これらの検査はがん細胞が多い組織しか検査できないのだ。そのため大量の組織を採取してがん細胞の多い領域を検査センターへ提出することになる。これはオンコマインの実地臨床への使用は第一の目的ではなく、行政当局の薬事承認が目的であるためだ。分子標的薬承認のためにはコンパニオン診断も同時承認される必要があるが、そのためには搭載遺伝子の多いパネルが便利だ。そのため製薬企業が最初にアプローチする診断技術が遺伝子検査パネルで、とくにFoundation Medicineのパネルとオンコマインが人気がある。FDAやPMDAの承認を得るためには治験で集めた臨床検体が使用されが、これらは遺伝子解析に理想的な検体であって、実地臨床では遺伝子解析困難な検体のほうが多い。日本の肺癌専門医は本来臨床検査を目的としないオンコマインの使用を強いられていることになる。この状況を打開するためコンパクトパネルを開発したのだが、サーモフィッシャーからするとコンパニオン診断開発で製薬企業から十分利益を上げているので、わざわざ日本市場のために競合品を作る可能性は極めて低い。この点は、私達コンパクトパネルをつくった側としては安心材料だ。
リキッドバイオプシー
リキッドバイオプシーは血液で固形がんの遺伝子診断を行う2010年代になって始まったがん研究の先端分野だ。しかし2015年頃には学問的には限界が見えてきて、それ以降はある種の研究ビジネスとして研究費が循環している、という感じだ。術後残存病変検出以外効果的なものはなく、とくにがん早期発見など、少し知識のある研究者は、成功すると考えていない。リキッドバイオプシーによるがんの早期発見に関してはグレイルとガーダントヘルスという2つの巨大ベンチャーが活動しているが、ビル・ゲイツ財団やソフトバンクのビジョンファンドなどの出資者が名を連ねているように投資ビジネスとしての色合いが強い。科学と考えると研究の規模に違和感があるが、投資ビジネスとしてはそれなりに成功している(ビジョンファンドが出資しているガーダントヘルスは一時非常に成績が良かった)。
がん研究には営利企業と投資ファンドの影響が強く反映している。日本の癌関係(多分他の医学分野も同じだろうが)の基礎研究は、このような背景認識なしに税金が投入されているので、かなりの部分が無駄になっている。米国の場合は、このような背景事情を反映した形で研究費が決まっている。大学等基礎系研究機関の成果がバイオベンチャー等を通じて最終的に製薬企業へ還元される仕組みが整備されているので日本とは異なり効率的に運用されている。しかし税金が製薬企業の利益につながる、という別の問題があるが。一応1980年に成立したバイドール法により解決された問題だが、最近のバイオ関連資金の巨大さを考えると再考に必要があるのではないか。
新型コロナウイルスワクチン
新型コロナウイルスワクチンについては、科学者の評価よりも市場の評価のほうが的確だ。ファイザーとモデルナ両者の株価は、ともにパンデミック開始時の水準を下回っている。ファイザーは数百人の従業員を解雇しており、モデルナは過去2年間で1000億ドル以上の市場価値を失い、収益の減少も同様に同社の収益を圧迫している。9月には、新型コロナウイルスとインフルエンザの混合ワクチンと、小児用ヒトメタニューモウイルスとパラインフルエンザの混合ワクチンの開発を中止した。次の記事はもともとはウォールストリート・ジャーナルの論説。
www.realclearhealth.com
新型コロナウイルスワクチンについてはワクチン後遺症に関する記事がやっと主流メディアにでた。申請件数がコロナ前40年の累積件数の30倍近くになっており、いかに副作用が大規模か、ということがわかる。
www.asahi.com
現時点の統計だが、
45年間すべてのワクチンでは、
認定件数 3522件
死亡認定件数 151件
新型コロナウイルスワクチンでは、
認定件数 5087件
死亡認定件数 337件
となっており、新型コロナウイルスワクチン後遺症がいかに甚大なものかがわかる。
ファイザーとモデルナが在庫を廃棄したこともあるが、新しく開発したRNAワクチンが失敗で、新型コロナウイルスワクチンの後遺症も膨大なことなどの理由から、市場はRNAワクチンの未来を有望視していない。選考委員会副委員長は「受賞により、ワクチン接種が促進されるだろう」と発言するなど、今回のノーベル医学生理学賞は明らかな政治バイアスがあり、市場の方が科学者コミュニティよりも的確な評価を下している、といえる。