現在肺癌のマルチコンパニオン診断の標準であるオンコマイン Dx Target Test は2018年4月に承認された。当時の標準検査はコバスEGFR変異検出キットだったが、承認分子標的薬の増加に伴い、単一検査を繰り返し行うことが難しくなってきていた。オンコマインは期待されたが、変異検出感度が極めて低いため、は腫瘍細胞含有率が20%以上必要、という制限が設定されていた。この制限に対応するために日本では組織切片を観察して腫瘍細胞含有率を測定することになった。
オンコマイン Dx Target Test の製造販売元であるサーモフィッシャーが定める腫瘍細胞含有率は生化学的測定によるものである。PCRで遺伝子断片を増幅したときの変異アレルと正常アレルの比率から腫瘍細胞含有率を推定したものである。従ってその値は病理学的測定(組織切片の観察)とは乖離があり、試行錯誤の結果現在のガイドラインでは30%以上となっている(注1)。
あらゆる測定(検査)には誤差がある。腫瘍細胞含有率測定も例外ではなく、測定誤差があり、含有率が不足している検体を誤って検査可能と判定するケースが必ず発生する。2018年当時、誤判定によるオンコマインの変異検出率の低下は予測できたが、その程度はわからなかった。2024年に日本肺癌学会バイオマーカー委員会がEGFR変異検出率に関するアンケート調査の結果その実態が明らかになった。

EGFR遺伝子変異陽性率の比較(2022年1−12月)。EGFR 遺伝子変異率を基にしたバイオマーカー検査の適正性に関するアンケート調査(第一報)by 日本肺癌学会バイオマーカー委員会。
生検検体では、単一検査(コバスEGFR変異検出キットなど)が37.5%であるのに対しオンコマインは24.9%で顕著な低下がみられた。オンコマインの欠陥が補完刺されると考えられていたPCRベースのパネルであるAmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネルも27.5%で同程度の低下が認められた。オンコマイン、 Amoyの2つのパネル検査では顕著なEGFR変異陽性肺癌の見落としが示唆された。ただしこのアンケート調査は後ろ向き研究であるため別個の検証が必要である。検証は簡単で、各施設の過去データ、すなわち単一検査時代のデータと比較すればよい:この検証方法は統計学的には前向き試験とほぼ同等の信頼性がある。
大阪国際がんセンターでは単一検査(クランプ法)とPCRベースのパネル(承認前のAmoy)のデータが論文化されている。

EGFR遺伝子変異陽性率の比較。大阪国際がんセンターでの比較。
2010年代前半の単一検査時代のEGFR変異陽性率は35.8%であったのに対し、2020年前後のAmoyでは29.3%に低下しており、変異検出率が顕著に低下している。
肺がんコンパクトパネルは、腫瘍細胞含有率測定を必要としないように感度を設定している。そのためオンコマインやAmoyのようなEGFR変異陽性率の低下はないはずである。承認申請時の臨床性能試験でコバスEGFR変異検出キットとの同等性を検証している。

コバスEGFR変異検出キットと肺がんコンパクトパネルの比較(PMDAへの提出データ)。大阪国際がんセンターの手術検体(FFPE)を使用
不一致7例はコバスEGFR変異検出キットの見落としであることをデジタルPCRで確認している。
またこれまで3つの施設で使用実績の論文発表がある。

肺がんコンパクトパネルの使用実績。全て細胞診検体でのEGFR変異陽性率。
39.0%、34.2%,32.9%とアンケート調査の単一検査に近いデータが出ており、Amoyとオンコマインの検出率よりも明らかに高い。
単一検査および肺がんコンパクトパネルと比較すると、現在使われている2つのパネル、Amoyとオンコマインは非小細胞肺癌の約1割、EGFR変異陽性肺癌の約3分の1の症例のEGFR変異を見落としていることになる。
注1. 生化学的測定と病理学的測定の乖離は私達の観察と一致する。変異アレルと正常アレルを決まった比率で混ぜた人工検体を使ったキャリブレーション実験では、測定値は常に実際の混合比よりも低い値になる(Kukita et al. PLoS One 2013, 8, e81468, Figure 2c, d; Kato et al. Diagnostics 2023, 13, 1476, Figure 2)。生化学的測定では実際の比率よりも低めにでるので、病理学的測定の基準が実際の腫瘍細胞含有率をより正確に反映している。
注2. 肺がんコンパクトパネル論文集
precision-medicine.jp