精密医療電脳書

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マンマプリント MammaPrint:化学療法を回避可能かどうか診断する

早期乳癌では悪性度が低い場合、ホルモン療法のみで過剰な術後化学療法を行わない。2000年代初頭、乳癌の悪性度と遺伝子発現プロファイル(多数の遺伝子の発現パターン)間の強い相関が発見され、化学療法省略のリスク評価のために開発された検査がOncotype-DXとMammaPrintである。

マンマプリントMammaPrintは、マイクロアレイで70個の遺伝子の乳癌組織での発現量を測定し、独自のアルゴリズムでインデックスを算出、そのインデックスにより遠隔転移の高リスク群と低リスク群に分類する診断法である。対象はステージ I – II の乳癌、 エストロゲン受容体とHer2増幅の有無は問わない、腫瘍径は5cm以下、0−3のリンパ節転移巣、である。同じ目的に用いるOncotype-DXがエストロゲン受容体陽性乳癌に限定されるのと異なり適用範囲が広い。2007年にFDAはIVDMA(in vitro diagnostic multivariate index assay)という新しいクラスに属するLDT(laboratory diagnostic test)として承認した。なお、Oncotype-DX、MammaPrintともに日本国内における承認申請・保険収載の動きはない。

 

診断法(分類器)の構築

MammaPrintでは70個の遺伝子発現量を一つの指標(インデックス)に変換し、その値でグループ分けを行う(1)。変換アルゴリズム(分類器)は機械学習でつくるが、遺伝子発現プロファイルの場合は線形分類器(MammaPrintの場合は判別分析)が普通使われる。

分類器構築には、44の術後5年間無遠隔転移症例と34の5年以内に遠隔転移を起こした症例を用いた。これらの症例にBRCA1、2変異はない。25,000の遺伝子のうち、78の症例中少なくとも3症例以上で発現量が変化している遺伝子5,000個を同定、その中から2つのグループと発現が相関する遺伝子231個 (R>0.3, R<-0.3) を選択した。次にleave-one-out cross-validation(LOO-CV)を用いて分類性能が最適になる遺伝子数70を決定した。相関上位70遺伝子を用いた分類器の的中率はLOO-CVで83%、8例の無転移例と5例の遠隔転移例の誤分類があった。検証セットは19例で2例が誤分類、したがって的中率は89.4%であった。

その後多くの臨床試験で検証された事実をもとに振り返ると、少ない症例で優れた診断法が構築できている点、また構築過程にover-fittingの危険性があるのに問題がなかった点、に感心する。乳癌予後と遺伝子発現プロファイルには他の固形癌にはみられない非常に強い相関があるのが一番大きな成功の要因であろう。

MammaPrintと乳癌予後との相関は多くの臨床研究で検証されたが、日本人集団についての検証は私達のグループが行った(2)。此処ではそのデータを提示しておく(図1)。

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図1.MammaPrintによる予後分類(日本人乳癌患者)。

 

MINDACT 試験:MammaPrintの臨床的有用性を検証する第 III 相無作為割付前向き臨床試験

臨床病理所見による悪性度 (臨床病理リスク、clinical-pathological risk) とMammaPrintによる悪性度 (ゲノムリスク、genomic risk) は、一致しないことがある。その場合ゲノムリスクの判定により化学療法適用患者を削減できれば、臨床上のメリットが大きい。MINDACT (Microarray in Node-Negative and 1 to 3 Positive Lymph Node Disease May Avoid Chemotherapy) 試験はMammaPrintの臨床的有用性を検証するために行われた無作為割付前向き臨床試験である。早期乳癌患者を高臨床病理リスク高ゲノムリスク群、高臨床病理リスク低ゲノムリスク群、低臨床病理リスク高ゲノムリスク群、低臨床病理リスク低ゲノムリスク群に分ける。高臨床病理リスク高ゲノムリスク群には化学療法を行い、低臨床病理リスク高ゲノムリスク群、低臨床病理リスク低ゲノムリスク群には化学療法を行わない。高臨床病理リスク低ゲノムリスク群を無作為割付で化学療法群と化学療法省略群に分けて比較する(図2)。

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図2.MINDACTデザイン。

主要評価項目は5年目の無遠隔転移生存率で、高臨床病理リスク低ゲノムリスク・化学療法省略群の95%信頼区間の下限値が92%を越えれば統計学的に有意である。94.7%(95%信頼区間、92.5 – 96.2)で目標値を達成した(3)。46%の高臨床病理リスク群患者の化学療法を省略できることになる。副次評価項目は高臨床病理リスク低ゲノムリスク・化学療法群と化学療法省略群の比較である。無遠隔転移生存率は化学療法群で95.9%(94.0、97.2),化学療法省略群で94.4%(92.3、95.9),p=0.267で化学療法によるメリットは認められなかった。MammaPrintはRCTによって臨床有用性が検証された唯一の分子診断法であり、ESMO, ASCOを含む主要ガイドラインで推奨されている。

 

MINDACT in ASCO 2020

Cardossoらが8年目の無遠隔転移生存率について報告した(4)。主要評価項目の達成には変化なかった(95%信頼区間下限値は上昇している)が、副次評価項目で高臨床病理リスク低ゲノムリスク・化学療法群と化学療法省略群の無遠隔転移生存率の差が広がっていた。年齢で層別化すると50歳以下のグループで差が5%あり、それ以上の年齢層では差がないことが判明した(図3)。

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図3.高臨床病理リスク低ゲノムリスク群での化学療法の効果。50歳以下のグループでは5%の差がある。ACT, adjuvant chemotherapy 補助化学療法。Cardosso ASCO 2020 より。

化学療法の卵巣機能抑制効果の可能性が指摘されている。この結果によれば高臨床病理リスク低ゲノムリスク群であっても50歳以下のグループには化学療法を行ったほうが良い。

 

文献

1.van’t Veer、L. J. et al. Nature 2002 415; 530–536. DOI: 10.1038/415530a

2.Ishitobi, M. et al. Japanese J Clin Oncol 2010 40; 508–512. DOI: 10.1093/jjco/hyp195

3.Cardosso, F. et al. N Engl J Med 2016;375:717-29. DOI: 10.1056/NEJMoa1602253

4.Cardosso, F. et al. J Clin Oncol 38: 2020 (suppl; abstr 506). DOI: 10.1200/JCO.2020.38.15_suppl.506