精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん ウイルス 人類観察

トラスツズマブ デルクステカンはHER2低発現乳癌にも効果がある

Trastuzumab Deruxtecan(旧名 T-Dxd、開発コード:DS-8201)はトラスズマブとトポイソメラーゼI阻害剤デルクステカンの複合体であり、デルクステカンは細胞内で細胞死を引き起こす。トラスツズマブ デルクステカンは乳癌だけではなくHER2変異陽性肺癌にも効果がある(トラスツズマブ デルクステカンのHER2変異陽性非小細胞肺癌への効果 - 精密医療電脳書)。トラスツズマブ デルクステカンのトラスツズマブ部分は細胞内の情報伝達系(PI3K/AKT/mTORC1系とERK/MAPK系)を阻害する。一方デルクステカン部分は細胞内に取り込まれてトポイソメラーゼIを阻害する(HER2 変異陽性乳癌治療薬:トラスズマブ、ラパチニブ、T-DM1 - 精密医療電脳書)。トラスツズマブ部分はHER2の活性化がなければ効果はないが、デルクステカン部分については、HER2をトラスツズマブ部分によるデリバリーの標的に使っているだけなので、理論的にはHER2の活性化を必要としない。トラスツズマブ部分をデリバリーにのみ用いるようなこの薬剤の使い方もあり得ると考えていたが、それを示唆する臨床試験が現れた。

 

Modi, S., Jacot, W., Yamashita, T. et al. Trastuzumab Deruxtecan in Previously Treated HER2-Low Advanced Breast Cancer. N Engl J Med 2022; 387:9-20. DOI: 10.1056/NEJMoa2203690

 

HER2低発現の転移性乳癌で、化学療法を1~2ライン受けた患者を対象に第3相試験を実施した。HER2低発現は、免疫組織化学でのIHCスコア1+、またはIHCスコア2+でかつin situ hybridizationで陰性の結果とした。患者はトラスツズマブ デルクステカンまたは医師が選択した化学療法を受ける群に2:1の割合で無作為割付された。主要評価項目は、ホルモン受容体陽性のコホートにおける無増悪生存期間であった。主要な副次評価項目は、全患者の無増悪生存期間、ホルモン受容体陽性コホートおよび全患者の全生存期間であった。

対象患者557名のうち、494名(88.7%)がホルモン受容体陽性、63名(11.3%)がホルモン受容体陰性であった。ホルモン受容体陽性のコホートでは、無増悪生存期間中央値はトラスツズマブ デルクステカン群で10.1カ月、対照群で5.4カ月(ハザード比、0.51、P<0.001)、全生存期間はそれぞれ23.9カ月と17.5カ月(ハザード比、0.64、P<0.003)であった。全患者において、無増悪生存期間中央値はトラスツズマブ デルクステカン群9.9カ月、対照群5.1カ月(ハザード比、0.50、P<0.001)、全生存期間はそれぞれ23.4カ月、16.8カ月(ハザード比、0.64、P<0.001)であった。グレード3以上の有害事象は、トラスツズマブ デラクテカンを投与された患者の52.6%、医師が選択した化学療法を受けた患者の67.4%に発生した。薬剤関連間質性肺疾患は、患者の12.1%に発生し、0.8%がグレード5だった。

HER2低発現転移性乳癌患者を対象とした本試験において、トラスツズマブ デラクテカンは、医師が選択した化学療法に比べ、無増悪生存期間および全生存期間を有意に延長した。

 

HER2低発現転移性乳癌患者ではHER2は活性化していないので、トラスツズマブは効果がなく、薬剤効果はデルクステカン部分によると考えられる。興味深い試験は同じ手法を肺癌に適応することだ。多分トラスツズマブはHER2変異肺癌には効果がない(もしも効果があれば、すでに臨床試験の報告があるはずだ)。そのためトラスツズマブ デルクステカンのHER2変異陽性肺癌への効果はデルクステカン部分によるものだ。トラスツズマブ デルクステカンがHER2低発現乳癌に効果があることから、HER2の発現レベルに関わらず結合することがわかる。従って、HER2変異のない肺癌にもHER2を使ってトラスツズマブ部分が結合するだろう。そうするとHER2発現の極めて低い肺癌以外には、トラスツズマブ デルクステカンは奏功するのではないか。すなわちトラスツズマブをデリバリーにのみ用いるという使い方は奏功するのではないか。