精密医療電脳書

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新型コロナウイルスワクチン 〜 期待と現実のギャップ・フィリング

追記(2020年7月2日);FDAが新型コロナウイルスワクチン承認のガイドラインを6月30日にリリース。主要評価項目を感染防御と重症化制御のどちらにしても良い模様。従って重症化制御で承認、ということもありうる。必要有効率は50%(インフルエンザワクチンと同レベル)に設定している。もちろん第III相RCTが必要。非常に常識的な線で、国産も同じ基準で審査されると思われるので、一安心している。下記元記事は抗マラリア薬緊急使用許可直後(すぐに取り消し)のもので、当時の状況を反映している。

 

医療システムの逼迫状況と行動制限が緩和され、新型コロナウイルスのフェーズがかわってきた。重症患者のケアへの関心が低下しているが、2次、3次感染への不安からワクチンに対する期待が高くなってきた。皆ワクチンができるものと考えていて、できる時期が今年なのか来年なのか、それ以降なのか、が議論になっている。しかし現実には、これまでのワクチン候補の多くは最終試験で効果がなく、そのため政府機関に承認されたワクチンは全体の1割程度である。このギャップはどうなるのか。

アビガンのところで記載したように、治療薬の場合第 I 相から第 III 相の3段階の臨床試験がある。新型コロナウイルスワクチンも同様で、第I相の安全性試験に続き、第II相試験で投与量を決定し効果確認のため中和抗体の生成をみる。中和抗体は回復期の患者に現れ、ウイルスを中和する抗体である。但し中和抗体ができたからといって必ずしも感染予防ができるわけではない。一つの原因はウイルスによっては中和抗体が持続する期間が短いことがある。麻疹やおたふく風邪は一度ワクチンを接種すると長期間免疫ができるが、インフルエンザの場合は一シーズンしか免疫が続かず、毎年接種する必要がある。感冒のコロナウイルスの場合は更に持続期間が短く、一シーズンに何度も感染する。またワクチンは治療薬と異なり健常人に接種するのでより高い安全性が求められる。そのため数万人規模の第III相試験での効果検証と有害事象のチェックが必要で、これまでこの第III相試験なしに承認されたワクチンはない。ワクチンも治療薬と同様プラセボ(偽薬)効果があり、医師・被接種者がワクチンに効果があると信じることにより、ワクチン自体に効果がなくても感染予防効果が起こる。そのためワクチン自体の効果を検証するために、第III相試験ではワクチンとプラセボ(偽薬)を二重盲検(医師も患者もワクチンかプラセボかわからない)で比較する。

新型コロナウイルスに関しては、これまでのウイルス感染症にはない問題があり、第III相試験を難しくしている。ヨーロッパや日本などのアジア諸国では感染が終息しつつあり、そのため第III相試験実施に十分な感染者が期待できない。また感染予防により社会生活をもとに戻すことが目的なので、第III相試験で実用化までの期間が長くなると経済的損失が持続する。そのためFDA(米国の医薬品医療機器の審査承認を行う機関)等がゴールポストを動かして中和抗体のみで承認する、という噂がある。

FDAが審査基準を変更することはよくあることで、最近紹介したMET阻害剤もその例である。通常抗がん剤は生存期間で評価するが、MET阻害剤は腫瘍縮小効果(投与開始後約2ヶ月のCT で測定した腫瘍縮小の割合)で承認となった。生存期間が伸びないと抗がん剤を使う意味がないので、生存期間が絶対的な評価基準である。しかしながら評価に時間がかかりすぎるので、短期の指標として腫瘍縮小効果がある。腫瘍縮小効果と生存期間は必ずしも相関しないので、一般的には腫瘍縮小効果で承認にはならない。MET阻害剤の場合は、同じグループの薬剤(キナーゼ阻害剤)が常に両者の相関関係があったため承認、となったと思われる。

ワクチンの承認要件の変更は、上記のケースと異なり重大で、ハードルは遥かに高い。しかしながら行政的理由でFDAが中和抗体のみで仮承認、ということは起こり得る。その場合、有害事象の確認と単一群での効果評価の後本承認、という流れになるだろう。そのようなワクチンは、ワクチン自体は失敗でも、プラセボ効果により一定の感染予防効果があるだろう(人々の願いが届く?とも云える)。社会的鎮静効果もあるので、科学的には問題のある承認基準の変更だが、有害事象がよほど重篤でない限り、現実的に問題は引き起こさない、多分有益、と予想される。

なお、現在アストラゼネカがアデノウイルスベクターワクチンの第 III 相試験をブラジルで開始、またジョンソン&ジョンソンなどが開始予定なので、それらの結果がよければ、通常の承認基準が維持される可能性が高い。