精密医療電脳書

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リキッドバイオプシーによる早期診断の可能性: PSAスクリーニングとの感度比較

リキッドバイオプシーによる早期診断については大規模な研究はまだ少ないが、現在得られるデータからでもある程度有用性を推測できる。癌早期診断の血液検査では前立腺癌のマーカーPSA が代表的なので、PSAと比較する。

 

PSA:前立腺癌早期診断への応用

早期診断法の有効性は死亡率減少効果で評価する。すなわち検診を行った集団の死亡率が、行っていない集団の死亡率よりも低い場合有効である。リキッドバイオプシー研究は死亡率評価試験の実施からは程遠いため、検出感度で既存の早期診断法と比較を試みる。対照とするPSA(prostate-specific antigen)は代表的な血液腫瘍マーカーであり、前立腺癌の早期発見のため多くの自治体健診で行われている。ただ多くの研究が行われているにもかかわらず、死亡率減少効果の有無は明確ではない。国立がん研究センターの推奨グレードは I である(科学的根拠に基づくがん検診推進のページ)。すなわち死亡率減少効果の有無を判断する証拠が現状では不十分であるため、現在のところ対策型検診(一般の健康診断など)としては勧められない。任意型検診(人間ドックなど)として行う場合には、受診者に対して、効果が不明であることと、過剰診断などの不利益について適切に説明する必要がある、となっている。

 

リキッドバイオプシーの検出感度の推定

リキッドバイオプシーの早期診断では、腫瘍に存在する特異的変異を血中遊離DNAから検出する。検出感度は次の2つのファクターから推定する。一つは血中腫瘍DNA(circulating tumor DNA, ctDNA)の滲出率である:ctDNAが滲出していない患者が存在する。2つ目は腫瘍特異変異陽性率である:測定対象の変異が出現しない腫瘍がある。ctDNA滲出率と腫瘍特異的陽性率を乗ずるとリキッドバイオプシーの検出可能検体の頻度が推定でき、これが検出感度の上限となる(図1)。

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図1.感度上限の算出。ctDNAが滲出している患者の比率と腫瘍特異的変異出現率を乗ずると検出可能検体の頻度(感度上限値)が算出できる。膵癌は文献1、肺癌は文献2に基づく推定。図2.PSAスクリーニングの感度・特異度。

 

PSAの検出感度との比較

米国癌学会(American Cancer Society)が78編の論文から適切な論文を選択してPSA検査の感度特異度を算出している(文献3)(図2)。ctDNAの感度上限と比較すると全前立腺癌を対象とした感度よりは上だが、高悪性度(グリーソンスコア8以上)よりは低い。死亡率減少効果があるとすれば、その大部分は高悪性度前立腺癌の発見によるので、高悪性度の値と比較するのが適切である。ctDNAの感度上限値はPSAの感度には及ばない。

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図2.PSAの臨床性能。それぞれの数値算出のため参照した文献は同一でないことに注意(詳細は文献3参照のこと)。また特異度とPPVは通常の定義とは異なる。特異度、陰性患者/(陰性患者+偽陽性患者);PPV、癌患者/生検実施患者。

 KRAS変異による膵癌ctDNA検出系には、いくつかの研究があるが(文献1,4,5)、感度は最大で30%である。また上記の比較では特異度については議論できないが、感度と特異度の間にはトレードオフ(一方を上げると一方が下がる)の関係があるので、高特異度を維持するためには感度を下げる必要が生じる。これらのことからctDNAの実効検出感度はPSAの感度よりかなり低い、と推測できる。

 

なお、この試論はグレイル社のメチレーションによるアプローチは対象としていない。

 

文献

  1. Le Calvez-Kelm F, Foll M, Wozniak MB, Delhomme TM, Durand G, Chopard P, et al. KRAS mutations in blood circulating cell-free DNA: a pancreatic cancer case-control. Oncotarget. 2016;7(48):78827-40
  2. Abbosh C, Birkbak NJ, Wilson GA, Jamal-Hanjani M, Constantin T, Salari R, et al. Phylogenetic ctDNA analysis depicts early stage lung cancer evolution. Nature. 2017.
  3. Wolf AM, Wender RC, Etzioni RB, Thompson IM, D'Amico AV, Volk RJ, et al. American Cancer Society guideline for the early detection of prostate cancer: update 2010. CA Cancer J Clin. 2010;60(2):70-98.
  4. Kukita Y, Ohkawa K, Takada R, Uehara H, Katayama K, Kato K. Selective identification of somatic mutations in pancreatic cancer cells through a combination of next-generation sequencing of plasma DNA using molecular barcodes and a bioinformatic variant filter. PLoS One. 2018;13(2):e0192611.
  5. Cohen JD, Javed AA, Thoburn C, Wong F, Tie J, Gibbs P, et al. Combined circulating tumor DNA and protein biomarker-based liquid biopsy for the earlier detection of pancreatic cancers. Proc Natl Acad Sci U S A. 2017;114(38):10202-7.

 

初出

加藤菊也 血中腫瘍DNAを用いた癌早期診断の可能性. 消化器・肝臓内科 第8巻 第2号、126−131、2020.