精密医療電脳書

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HER2 変異陽性乳癌治療薬:トラスズマブ、ラパチニブ、T-DM1

HER2陽性乳癌は、HER2遺伝子の増幅によりHER2蛋白質の発現が上昇している乳癌である。免疫染色か in situ hybridization により診断を行い、陽性患者を同定する。ASCOのガイドラインでは、一次療法はトラスツズマブ trastuzumab(商品名 ハーセプチン Herceptin)と化学療法との併用で、二次療法以降は抗体薬物複合体(antibody drug conjugate, ADC)であるトラスツズマブ エムタンシン trastuzumab emtansine(開発コード T-DM1、商品名 カドサイラ Kadcyla)となっている。HER2 陽性乳癌に対する他の薬剤としては、抗 HER2 抗体ペルツズマブ pertuzumab(パージェタ Perjeta)、抗体薬物複合体 DS-8201a、EGFR/HER2チロシンキナーゼ阻害剤ラパチニブ lapatinib (タイケルブ Tykerb)とネラチニブ neratinib がある。各阻害剤の細胞での作用部位を図1に示した。

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図1.HER2陽性乳癌治療薬の作用点。Patel et al. Cancers 202 12:2081 より。

 

抗HER2抗体:トラスツズマブ、ペルツズマブ

トラスツズマブとペルツズマブは結合する部位が異なる(図2)。

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図2.トラスツズマブ、ペルツズマブの結合部位。ペルツズマブはホモ二量体化(左)とヘテロ二量体化(右)の両方を阻害する。Lamond and Younis Int J Woman’s Health 2014 6:509-521 より。

トラスツズマブはHER2の細胞外ドメインIVに結合して細胞内の情報伝達系(PI3K/AKT/mTORC1系とERK/MAPK系)を阻害する。それに対しペルツズマブは細胞外ドメインII に結合して二量体化(ホモ二量体化とヘテロ二量体化の両方)を妨げる。二量体によりリン酸化するため、結果的に情報伝達系を障害することになる。トラスツズマブとペルツズマブの作用機序は相補的であるため、併用すると効果の増大が期待できる。上記のようにトラスツズマブと化学療法剤の併用が標準だが、さらにペルツズマブを追加する治療法がある。

トラスツズマブの有害事象としては、発熱、悪寒等のインフルエンザ様症状が多いが、頻度は低いが注意が必要なのは心障害である。

 

EGFR/HER2チロシンキナーゼ阻害剤:ラパチニブ、ネラチニブ

ラパチニブは可逆的EGFR/HER2チロシンキナーゼ阻害剤であり、カペシタビン capecitabine(ゼローダ Xeloda)と併用する。HER2陽性乳癌のトラスツズマブ治療後の2次治療以降に用いる。有害事象には肝機能障害、間質性肺疾患、QT間隔延長等があるが、適切に管理すれば忍容性は悪くない。Neratiibは非可逆的汎erbBファミリーチロシンキナーゼ阻害剤であり、米国では承認されている。日本では未承認である。

 

抗体薬物複合体(antibody drug conjugate, ADC):T-DM1、DS-8201a

T-DM1 は、トラスズマブ(T)にエムタンシン(DM1)をリンカーで結合したものである(図3)。

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図3.T-DM1の構造。

トラスズマブはHER2に結合し情報伝達系を阻害、エムタンシンは細胞内に取り込まれてチュブリンの重合阻害により細胞毒性を発揮する(図4左)。DS-8201aはトラスズマブとトポイソメラーゼI阻害剤DXdの複合体であり、DXdは細胞内で細胞死を引き起こす。抗体一分子ああたりの薬剤分子(ペイロード payload)数は、T-DM1は平均3.5個だが、DS-8201aは8個である。またT-DM1のリンカーは切断されないが、DS-8201aのリンカーはリゾソーム中の酵素で切断され、DXdは遊離する。遊離したDXdは細胞膜浸透性が高く、周りの細胞へ侵入、細胞死を引き起こす(バイスタンダー効果、図4右)。

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図4.抗体薬物複合体の作用機序。ペイロードの細胞内取り込みによる作用(左)とバイスタンダー効果(bystander killing effect)(右)。Rinnerthaler et al. Int J Mol Sci 2019 20:1115 より。

 

臨床試験成績

代表的な成績を紹介する。

・トラスズマブ;トラスズマブの化学療法への追加により、無憎悪期間が4.6ヶ月から7.4ヶ月に、全生存期間が20.3ヶ月から25.1ヶ月に延長した。

・ペルツズマブ;トラスズマブ+ドセタキセルへのペルツズマブの追加により、全生存期間が40.8ヶ月から56.5ヶ月へ延長した。

・ラパチニブ;トラスズマブ+アントラサイクリン+タキサン系薬剤治療後の患者を対象にした試験で、ラパチニブ+カペシタビンによりカペシタビン単独よりも無憎悪期間が4.4ヶ月から8.4ヶ月した。米国ではこの適応で承認されている。

・T-DM1;トラスズマブ+タキサン系薬剤治療後の患者へのT-DM1治療では全生存期間延長の中間値が約5ヶ月であった。対照群はラパチニブ+カペシタビン(EMILIA試験)あるいは医師が選んだ治療(TH3RESA試験)である。

・DS-8201a;トラスズマブおよT-DM1の治療歴のある患者で奏効率61%、無憎悪生存期間中央値が16.4ヶ月であった。治療効果は高いが、間質性肺疾患が問題である。

 

なお、乳癌の薬物療法全般については下記解説を参照されたい。

precision-medicine.jp

 

文献

File, D., Curigliano, G. and Carey, L.A. Escalating and De-escalating Therapy for Early-Stage HER2-Positive Breast Cancer. 2020 ASCO Educational Book: 3-13. DOI: 10.1200/EDBK_100023