がんの撲滅は、先進国だけでなく途上国でも重要な問題である。国連のSDGs (Sustainable Development Goals) イニシアティブのゴールの一つに「2030年までに感染症ではない疾患 non-communicable disease (NCD) による早期死亡を3分の1に減らす」がある。もちろんNCDの中でがんは重要な位置を占めている。
先進国ではがんの疫学について非常に詳しい調査が行われているが、世界全体では必ずしもそうではない。NCDの世界的状況を把握するためにThe Global Burden of Diseases (GBD), Injuries, and Risk Factors Study (GBD) が行われている。Global Burden of Disease 2019 Cancer Collaborationは2019年のGBDの中で、がんに関する部分のデータを用いて、社会的経済的背景とそれぞれの地域のがんの疫学、とくに発症率と死亡率の変遷についてまとめた。
GBD2019では、204の国または地域の調査データを分析した。これらの国または地域を社会科学的に分類するために社会人口統計学的特性指数(Socio-demographic Index (SDI))を用いた。SDI とは公衆衛生、健康、保健医療上のリスク評価指数であり、世界 195 か国について 1970-2017 年の期間における情報をもとに、当該国の合計特殊出生率(TFR)、15 歳以上の教育(EDU15+)、所得(Lag Distributed Income (LDI/capita))等から算出される複合指標(0から1の間の数値指標)である(GBD, 2017)。数値が大きいほど保健や公衆衛生に係る社会開発の状況が進んでいると考えられ、一種の社会開発の程度を示す指標とみなすことができる。 204の国・地域をSDIで5つのグループ(low, low-middle, middle, high-middle, high)に分類して、2010年から2019年間のがんの発症と死亡の変化を比較した(図1)。右は年間発症率(薄緑)と年間死亡率(黄)の変化で、左は年齢補正発症率(薄緑)と年齢補正死亡率(黄)である。
9年間でがんの発症・死亡ともに増加しているが、増加の程度はSDIの低い国・地域ほど大きい(図1,右)。途上国では、罹患する疾患が感染症からがんや心血管疾患などのいわゆる成人病へシフトして来ていることがわかる。年齢補正でも傾向は変わらない(図1,左)。SDIの高い国、すなわち先進国では年齢補正死亡率は低下している(図1,左):がんに対する治療がこの9年間で進歩していることがわかる。年齢補正発症率に関しもSDIの低い国で高く高い国で低いという、年齢補正死亡率と同様の傾向が見られるが、死亡率よりは緩やかな変化である。
世界地図で年齢補正がん発症率(図2)と年齢補正がん死亡率の変化(図3)を示した。濃い青は減少しているグループ、で赤は増加率が最も高いグループである。
中東、アフリカ、東南アジアで罹患率上昇が顕著なのに対し、西側先進国や一部の南アメリカ、南アフリカでは罹患率上昇は緩やかである。
年齢補正罹患率と同じ傾向だが、中国では死亡率の減少が認められる。罹患は増えているが死亡は減少しているので、医療体制の改善度が大きいのではないか。
文献
Global Burden of Disease 2019 Cancer Collaboration. Cancer Incidence, Mortality, Years of Life Lost, Years Lived With Disability, and Disability-Adjusted Life Years for 29 Cancer Groups From 2010 to 2019: A Systematic Analysis for the Global Burden of Disease Study 2019. JAMA Oncol. 2022;8(3):420-444. DOI:10.1001/jamaoncol.2021.6987