精密医療電脳書

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リキッドバイオプシーによる肺癌病態モニタリング:EGFR リキッドによる EGFR-TKI 治療患者の ctDNA 動態解析

血中腫瘍DNA(circulating tumor DNA, ctDNA)量は腫瘍負荷と相関することが知られており、EGFR-TKI治療患者の病態の正確な把握に利用できる可能性がある。2010年代前半に大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)でEGFRリキッドを用いて病態モニタリングに関する観察研究を行った。この研究に関しては3つのレポートがあるが、Kato et al. Sci Rep 2016 6: 29093 では次の2点について解析を行った。

短期的動態:新規薬剤投与開始によるctDNA量の変化。投与開始によるctDNA量変動と薬剤効果の間に相関はあるのか? 相関がある場合判定閾値を設定可能か?

長期的動態:EGFR-TKI治療経過中のctDNA量の変化。ctDNA動態には何種類のパターンがあるのか? ctDNA動態とRECISTによるPD(progressive disease,進行)判定との間に相関はあるのか、耐性獲得を予測可能か?

 

観察研究の概略

2011年11月から2014年3月にかけて大阪府立成人病センターでEGFR-TKI治療中の非小細胞肺癌患者を対象に、EGFR変異(エクソン19欠失、L858R、T790M)を指標にctDNA量を測定した(UMIN-CTR 番号: UMIN000006764)。血漿検体と生検検体を比較する相関性試験(UMIN-CTR 番号:UMIN000006762)(「EGFRリキッドの臨床性能」参照)と並行して行った。血液採取はEGFR-TKI(ゲフィチニブあるいはエルロチニブ)治療前と治療開始後2週間と4週間、それ以降はPDになるまで2ヶ月ごとに行った。また可能な場合はPD後も血液採取を継続した。ただし日常診療での観察研究のため、サンプリング時期がずれることがあった点には留意する必要がある。参加患者数は52人、採取した血液検体数は530検体だった。

 

短期的動態:新規薬剤投与開始によるctDNA量の変化

EGFR-TKI 投与開始前後でのctDNA量の変化

治療におけるctDNA動態を評価する指標としてMART(mutation allele ratio in therapy)を設定した。これは治療開始の直前のctDNA量で直後のctDNA量を除したものであり(図1)、治療開始によるctDNA増減の指標である。52人の患者中5人をデータの欠落のため除外、47人中30人(63.8%)で治療前測定値が検出閾値以上だったので、MARTを算出した。

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図1.Mutation allele ratio in therapy (MART)の説明。

治療開始後のctDNA量には2週(23例)あるいは4週(7例)の値を用いた。PDとPR/CR/SD/NEに分けてMARTをプロットしたのが図2左で、図2右は治療開始前後のPMスコア(plasma mutation score, シークエンス10万リード中の変異アレルリード数;1000で除すると変異アレル率になる)平均値をプロットしたものである。MART=0.1を閾値とすると、PD3例はすべて>0.1、PR/CR/SD/NE27例中6例が>0.1であった。

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図2.EGFR-TKI初回治療に関するMART(左)。治療開始前後におけるctDNA量の変化(右)。PM score, plasma mutation score(10万リードあたりの変異リード数); CR, complete response(完全奏功); PR, partial response(部分奏功); SD stable disease(安定); PD, progressive disease(進行)。

変異アレル率が低い場合は定量が不正確になるので、MARTを縦軸に、PMスコアを横軸にとって表示したものが図3左である。なお、縦軸と横軸の交点はMART=0.1にしている。PDはすべて第2象限、すなわち高MART,高PMスコアであり、高MARTのPR/CR/SD/NE症例のほとんどは低PMスコアであった。MART=0.1の閾値設定妥当性は次の解析で検証した。

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図3.治療前後のctDNA動態の2次元プロット。縦軸、MART;横軸、ctDNA量平均〜治療開始前後のPMスコア平均値。交点はMART=0.1である点に注意。NE, not evaluable。

 

PD後の諸治療に対する反応

PD後の2次治療以降のctDNA量のデータもかなり取得できていた。長期観察のデータが得られた患者は52症例中35症例であったが、そのうち10人の患者で23の新しい治療(殆どが化学療法)が行われていた。治療開始直前直後のデータを用いてMARTを算出し、と同じ仕様のグラフにプロットした(図3右)。元データは原著の表3にまとめている。MART=0.1でPD/SD症例とPR/CR症例を分離できており、精度は94.7%(95%信頼区間 73.5−100)であった。

PD後の治療データは雑多であるが、2つのデータ・セットともctDNA動態と薬剤効果との相関を示している。従ってMART=0.1で薬剤奏功群と非奏功群を分類できる可能性は十分ある。現在免疫チェックポイント阻害剤について前向き研究のデータ解析を行っており、この仮説を検証中である。

 

長期的動態:EGFR-TKI治療経過中のctDNA量の変化

長期観察のデータが得られた患者は52症例中35症例、そのうちPDになった患者は28症例であった。これらの患者のctDNA量がEGFR-TKI 治療中にどのように変化するのか、を検討した。標準的なパターンは以前の記事(「EGFRリキッド」)でも示しているが、EGFR-TKI 治療開始前に高かったctDNAが治療開始直後に消失し、耐性獲得によりPD前後に再び出現する、というものである。これをタイプ I とした。タイプ I は11症例あった(図4)。タイプ I のうち1例は活性化変異ではなくT790Mが上昇していた(図4左C)。PDよりもctDNAが100日以上前に出現していたものをタイプ II とした(図5)。タイプ II は4例あり、タイプ I と異なり、動態のパターンが様々である。PD と関連したctDNAの上昇が全く見られないものがタイプ III で、13例あった。

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図4.タイプ I のctDNA動態パターン(11症例)。黒三角、PDポイント;白三角、ctDNAが再上昇を始めたポイント;灰色矢印、放射線治療;グラフ上部に黒線と鏃で治療期間を示している。縦軸左、PMスコア;縦軸右、CEA蛋白濃度(\mug/mL);横軸、EGFR-TKI開始後の経過日数:青線、活性化変異;赤線、耐性変異(T790M);点線、CEA。

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図5.タイプ II のctDNA動態パターン(4症例)。

タイプ  I , タイプ II  、タイプ III 患者はそれぞれ 11 (39.3%), 4 (14.3%) and13(46.4%)であり、PDと関連したタイプ I の頻度は約4割である。タイプ III は耐性獲得の情報がまったくなく、タイプ II はctDNAが上昇する時期とPDとの間に隔たりがあり、誤判定につながる。タイプ II 、III の頻度が高いので、ctDNA動態をEGFR−TKI 耐性獲得の予測に使うのは難しい。

 

見解

治療開始前後のctDNA量の変化を治療薬の効果判定に応用できる可能性があり、前向き試験を組んで検証する価値がある。それに対しctDNA長期動態を観察して耐性獲得を予測することは難しい。PDと関連したctDNA動態の出現頻度が全体の約40%しかなく、誤判定につながる動態パターンが約15%もあるためである。また頻回検査はコストがかかる。これらの点から見て、病勢進行のモニタリングに用いることは困難、と思われる。EGFRのリキッドバイオプシーとしては現在コバスEGFR変異検出キットとEGFRリキッドが国内承認されている。またガーダント360が米国でオシメルチニブのコンパニオン診断薬として承認されており、国内でも承認される可能性が高い。EGFRリキッドとガーダント360はctDNA量を測定できるので、これらの応用、特に治療薬効果判定への応用を検討する価値は十分あるだろう。ただ、この研究は5年ほど前の研究にもかかわらず、閾値に関する研究があまりない原因は、よくわからない。

 

主要文献

Kato, K., Uchida, J., Kukita, Y., Kumagai, T., Nishino, K., Inoue, T., Kimura, M., Oba, S. and Imamura, F. Numerical indices based on circulating tumor DNA for the evaluation of therapeutic response and disease progression in lung cancer patients. Scientific Reports. 6 (2016) 29093. DOI: 10.1038/srep29093

参考文献

Uchida, J., Imamura, F., Kukita, Y., Kumagai, T., Nishino, K., Inoue, T., Kimura, M., Oba, S. and Kato, K. Dynamics of circulating tumor DNA represented by the activating and resistant mutations in epidermal growth factor receptor–tyrosine kinase inhibitor treatment. Cancer Science. 107 (2016) 353-358. DOI:10.1111/cas.12860

Kato, K., Uchida, J., Kukita, Y., Kumagai, T., Nishino, K., Inoue, T., Kimura, M. and Imamura, F. Transient appearance of circulating tumor DNA associated with de novo treatment. Scientific Reports. 6 (2016) 38639. DOI:10.1038/srep38639