PCR検査に関する技術的観点から、公的機関の感染者数発表や陰性証明書に関しては、ずっと疑念を持っていた。しかし学術の世界では極めて正当な対応がなされている。米国感染症学会(Infectious Diseass Society of America, IDSA)のガイドラインは妥当なもので、科学的に正しい指針を提示している。この指針は新型コロナウイルス流行初期のPCR検査のCt値分析をもとにしている(1)。
IDSAは、1)COVID-19の症状のある人、2)無症状だがCOVID-19患者との接触歴、あるいは接触の疑いのある場合、3)無症状だが、診断結果が隔離等の判断に影響する場合、外科手術の実施に影響する場合、免疫抑制剤の投与に影響する場合、この三種類のケースについてPCR検査を推奨する、としている。
すなわち、
・臨床的所見で可能性が低くても症状がある場合SARS-CoV-2 RT-PCR検査を推奨する(Recommendation)。
;・無症状だがCOVID-19患者との接触歴、あるいは接触の疑いのある場合SARS-CoV-2 RT-PCR検査を推奨する(Recommendation)。
・1回目の検査が陰性だが臨床的にCOVID-19が中程度あるいは強く疑われる場合の再検査を勧める(Suggestion)。
・ 中咽頭・唾液よりも鼻咽頭からの採取を推奨する(Recommendation)。
www.idsociety.org
Ct値:発症後の経過時間及びウイルスの感染力との関係
Ct値はPCR反応の増幅産物を蛍光で検出する際に検出閾値を越えたときの増幅サイクル数である。従って、ウイルスRNA量が少ないほどCt値は高くなる。IDSAのガイドラインがもとにしているエビデンスはEurosurveillanceに掲載されたSARS-CoV-2 RT-PCR検査のCt値に関する調査である。
2020年第1四半期に英国のPublic Health Englandが受け取った検体に対して行われた。
図1は、発症後経過時間とCt値の関係である。発症後第一週は28.18(95%信頼区間 27.76-28.61)、発症後第二週は30.65(29.82-31.52)、第二週以降は31.60(30.60-34.49)であった。ウイルス量は発症直後高く減少していく傾向が見られる。重症度によるCt値の差はなかった。無症状でも重症でもウイルス量は異ならない。
図2はCt値と感染性との関係である。 Vero E6 細胞を臨床検体とともに培養してSARS-CoV-2が増殖するかどうか、で感染力を評価した。Ct値が35を越えると陽性検体は8.3%(2.8−18.4%)と、感染者の10分の1以下の人はウイルスを感染しない。図3は発症後経過時間と感染性の関係である。発症後7日では40.1%と高いが、11日で2.2%と、急速に感染力は消失した。
検体種による検出率の違い
Wangらはいろいろな検体種でPCR検査の感度を調べている(図4)(2)。肺胞洗浄液が最も検出率が高い(93%)。鼻咽腔は63%とまずまずである。唾液に関しては Caulley らの研究があり(3)、1939人から同時採取した鼻咽腔検体と唾液検体のうち70検体陽性で、内訳は鼻咽腔唾液両方が34検体、鼻咽腔のみが22検体、唾液のみが14検体であった、総計すると鼻咽腔検体で80%、唾液で68%が陽性となった。若干鼻咽腔綿棒採取のほうが成績がよい。
考察
新型コロナウイルスのPCR検査は非常に不完全なもので、それを前提として扱わなければならない。報道されている感染者数は、目安として扱う限り問題はない。しかし、以前ビジネスで時折用いられていた陰性証明書は、検査の感度から考えて陰性の証明になっていない:鼻咽腔綿棒では感度は70%程度なので感染者の3割は見落としてしまう。また発症後10日をすぎると感染力が激減するので、むやみに長期間隔離する意義もよくわからない。メディアの報道や行政に関しては不安があるが、IDSAのガイドラインや国内の医療関係者向き資料を読む限り、医療界は大丈夫なようだ。
コメント:なお、マスコミは「Ct値を40から35に下げたから、微量でも陽性になって患者数が増えた」といっていたが、それは誤りである。ウイルス量が低いとCt値が上がるため、Ct値を下げると感度が悪くなるので、感染者数は減ることになる。ただし、上記の図でもわかるように40でも35でも大差はない。
文献
1. Singanayagam、A., Patel, M., Charlett, A. et al. Duration of infectiousness and correlation with RT-PCR cycle threshold values in cases of COVID-19, England, January to May 2020. Euro Surveill. 2020;25(32):pii=2001483. DOI: 10.2807/1560-7917.ES.2020.25.32.2001483
2. Wang, W., Xu, Y., Gao, R. et al. Detection of SARS-CoV-2 in Different Types of Clinical Specimens, JAMA 2020 323:1843-1844. DOI:10.1001/jama.2020.3786
3. Caulley, L., Corsten, M., Eapen, L. et al. Salivary Detection of COVID-19.Anals Int Med. 2021 DOI: 10.7326/M20-4738