精密医療電脳書

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肺がんコンパクトパネル 〜 高感度のからくり

先日行われた呼吸器内視鏡学会には参加していないが、伝え聞いた話から、学術的には高く評価されてはいるが(若手奨励賞受賞者は3人ともコンパクトパネル関係者)、実地臨床については反対意見や慎重意見も多い、という印象を受けた。ベースにあるのは次世代シークエンサーは感度が悪いという誤った先入観だ、と思う。本当のところは、次世代シークエンサーの変異検出の感度は自由に調整できる。感度は同じ断片を読むシークエンスのリード数に依存しており、リード数を増やすだけで感度が上がる。一方、CobasやAmoyなどのPCRによる検出法では感度調整をする決まった方法はなく、作った人の努力次第だ。Cobasと比較してAmoyのほうが感度が悪い、と言われているが、それはAmoyの方が作り込みが甘いためだ。次世代シークエンサーの場合はリード数を上げるだけで感度が上がるので、反応系の調整もなく簡単に高感度が達成できる。シークエンサーのリソースを割り当てるに際し、FoundationやOncomineは対象遺伝子のカバレッジを優先しており、多くの遺伝子を浅く読んでいる。コンパクトパネルは感度を優先しており、少数の遺伝子を深く読んでいる。単にこれだけのことだ。

 

それでは、どうしてリード数を増やすと感度が上がるのか? シークエンスを行う場合、どうしても読み取りエラーが発生する。読み取りエラーがなければ、塩基置換があれば即変異と断定できるが、読み取りエラーがあるため、読み取りエラーとはみなせないほど塩基置換が多いかどうか判定しなければならない。塩基置換の持つリード数が十分多いと変異とみなせるわけだ。

 

読み取りエラーはシークエンサーによるものと鋳型増幅の際のPCR反応によるものがあり、両者を区別することは難しい。

 

例えば、シークエンサーの読み取りエラー率が0.2%、許容される偽陽性率が10E-9(10億分の1)とする。測定回数10億回のうち1回の誤りは許容するという判定基準だ。

 

10E-9という基準は、100個の変異部位について10万人検査したときの偽陽性率が1%になるための1回の測定の偽陽性率である。Bofferoni補正を使って算出している。

 

シークエンスのリード数が500の場合、一つの変異部位の平均エラー数は1になる。ポアソン分布を仮定すると、エラー数が11以上になると偽陽性率は10E-9以下になる。従って感度は11/500で2.2%になる。

シークエンスのリード数が5000の場合、一つの変異部位の平均エラー数は10になる。ポアソン分布による確率計算ではエラー数が34以上になると偽陽性率は10E-9以下になる。感度は34/5000で0.68%になる。

このように感度はリード数を増やせば上がり、また統計学的計算から予測できるので、簡単に目的とする感度を持ったパネルをつくることできる。

 

この例は簡略化したもので、実際にはオンコマインの感度を参考にしながら、統計学的モデルをつくる。

 

ただしリード数増加で感度が上昇するのは、DNAを鋳型に用いる変異検出だけで、融合遺伝子は融合遺伝子をPCRで増幅できるかどうかで測定の可否がきまる:感度はシークエンスの段階ではなくPCR増幅の段階で決まる。一般に一つの反応系に含まれる合成DNAの数が多いと、お互いに競合するため反応の調整が難しくなる。CobasやAmoyでは、融合遺伝子一つにつきPCRプライマー2個、検出用TaqMan / Scorpion Armsプローブ1個、計3個の合成DNAが必要だが、コンパクトパネルの場合はPCRプライマー2個のみでよい。その分有利であり、また反応系をALKとMET、ROS1とRETの2つにわけて一反応系での合成DNA数を減らして増幅効率を上げている。

 

コンパクトパネルで使っている手法は簡単なもので、特に職人芸的なことは行っていない。特にDNA鋳型の変異検出はリード数を上げるだけなので簡単だ。オンコマインでも5キット分のリードを使えば細胞診に使える感度を達成することができる。