精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん ウイルス 人類観察

投資ビジネスとしてのリキッドバイオプシー

リキッドバイオプシーは、現在腫瘍組織で行っている遺伝子検査を血液で行う新しい遺伝子検査のパラダイムで(リキッドバイオプシー 〜 がん患者にやさしい新しい検査法 - 精密医療電脳書)、現在がん研究の最先端分野の一つである。私達もリキッドバイオプシーという言葉がない時期からこの分野で研究を行ってきたが、この10年ほどの研究で大体限界と適応範囲が見えてきた。しかしずっと不思議だったのは、ほとんど成功の可能性がない応用に莫大な資金が投入されている点だ。それは「がんの早期発見」への応用だ。

 

「がんの早期発見」、すなわちがん検診だが、実用性が立証されていて国内で実施されているものは、便潜血、胃X線、胃内視鏡検査など少数であり、多くのものはメリットがあまりないか、よくわかっていない(国立がん研究センターのがん検診ガイドラインで詳細がわかる)。検証には大規模試験が必要だが、利益にならないので製薬企業が出資しない。そのため政府出資に頼らざるを得ない。従って資金面でのハードルが高い。その前に生物学上の原理的問題がある:がん細胞と正常細胞の間には明確な境界はないのだ。甲状腺がんや乳がんにはいつまでたっても悪性化しないタイプがあり、また免疫で除去される早期がんも多い、と思われる。もともと境界がはっきりしないものを識別することは原理的に難しい。リキッドバイオプシーに関しては、2015年頃までに正常の血液細胞にもがん細胞特有の遺伝子変異が頻度は低いが出現していることがわかり、遺伝子変異を指標に正常とがんを区別することは難しいことが判明している。科学としては決着がついている、と言えよう。

 

ところが、現実にはリキッドバイオプシーによる「がん早期発見」に莫大な資金が投入されており、研究は現在も続いている。主要な会社が2つあって、一つはグレイル社で、次世代シークエンサーのイルミナ社の子会社だが、メリンダ・ゲイツ財団を始めとして有力な投資ファンドが出資している。もう一つはガーダント・ヘルス社でソフトバンクのビジョン・ファンドが出資していることで有名だ。特にグレイル社の方は早期発見に特化した会社である。両者とも株式上場をしており膨大な資金調達に成功している。ガーダント・ヘルス社など一時期ビジョン・ファンドの出資会社の中で最も利益がでていたことがある。科学としては成功の可能性が著しく低いが、投資ビジネスとしては成功している。がんの早期発見やリキッドバイオプシーの将来性を評価するためには極めて専門的な知識が必要だが、機関投資家を始めとして一般投資家にはそのような知識はない。がん早期発見は、がん研究の究極のゴールと考えている人が多く、ハイリスク・ハイリターンの有望物件として投資する。グレイルやガーダント・ヘルスとその背後にいる人々の主眼は投資ビジネスで利益を上げることであり、がん早期発見を成功させようとは考えていないはずだ。

 

問題は、これらの会社の研究がオーソドックスな手法で行われ、成果が一流専門誌に掲載されていることだ(リキッドバイオプシーの最新動向:グレイル、ガーダント・ヘルス、ファウンデーション・メディシン - 精密医療電脳書)。そして読んでみると、たしかに有望な成果のように見える。実際は、研究デザインに限界があって、最終的な結論を得るには別途大規模な試験が必要なのだが、元来研究者は楽観的なので、グレイルやガーダント・ヘルスの研究に幻惑されてしまう。私自身も自分の研究領域のため、当初有望な成果かもしれないと考え、なかなか本質が見抜けなかった。かえって専門外の人や投資家のほうが早々に見抜いていたかもしれない。

 

リキッドバイオプシーのケースは、それでも閉じたゲームであり、医療と一般社会への悪影響の可能性は低い。しかしワクチンの場合は企業の利益追求と医療上のメリットが相反する可能性があり、慎重に見守る必要があるだろう。