精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん ウイルス 人類観察

株式分配によるグレイルの売却

イルミナ社は、独占禁止法違反の指摘を受け、2024年第2四半期までにがん早期発見技術を開発する子会社グレイルを売却することが2023年12月17日に決定した。グレイルは有望な技術を持ち、血中遊離DNAのメチル化パターンを用いてがんの早期発見を行うが、現行のがん検診の効果や技術的課題から、私は慎重な見方をしてきた。イルミナは買収により出資者への利益還元を図ったと見られ、今後の売却先企業に注目してきた。このあたりの状況を2024年1月にまとめた。

precision-medicine.jp

さてこの記事を書いてからしばらく経ったが、最近調べてみたら2024年6月24日に売却を完了していた(イルミナがGRAILの売却を完了)。他の企業への売却ではなく、株式の分配という形で売却が行われた。グレイルの発行済み株式の85.5%がイルミナ普通株式の保有者に分配された。イルミナの株主は、イルミナの普通株の保有に加えて、2024年6月13日の基準日における事業完了時点で保有しているイルミナの株式6株につきGRAILの普通株1株を受け取った。イルミナは、グレイルの発行済み株式の14.5%を保持した。分配なのでイルミナには売却益はない。
売却企業が見つからなかったようで、このような形になった、と思われる。イルミナ株の保有者がグレイル株を売却しなければ株式所有者はイルミナと同一なので、実質的に売却されていることになっているのかどうかわからない。以前の記事で、グレイルの発表論文の分析から技術自体には価値はなく、研究を行うときに用いたインフラの価値しかない、と述べた。発表論文には欠陥がないが、同じ分野の研究者ならばトリックを見破ることは可能だ。買収する企業はなく、売却益のない株式分配になった。
グレイルの企業価値からすれば当然の結果だが、過去日本企業は明らかに買収額に見合わない大型の買収を行っている。ひとつは2019年1月の武田薬品工業によるシャイアーの買収である(武田ウェバー社長「自信満々」に死角はないか シャイアー巨額買収が成立しても残る不安 | 医薬品・バイオ | 東洋経済オンライン)。シャイアーは希少疾患領域の薬剤に特化した企業である。希少疾患は公共的支援の比重が高い疾患領域である。従って政府の財政状況が緊迫すると薬価や適用は制限される。債務が積み上がっている先進国の財政状況では患者数の少ない希少疾患から切り捨てられ、増益は困難だろう、と予想していた。下記の現状分析は玉虫色の内容だが、株価は低迷している。

jp.reuters.com

もう一つの事例は2017年のコニカミノルタによるAmbry Geneticsの買収だ(Ambry Genetics社買収について)。これは決着がついている:2024年11月に売却した(コニカミノルタ、遺伝子検査企業の米Ambry Geneticsを売却(THE OWNER) - Yahoo!ファイナンス)が、買収金額が10億ドルに対し売却金額が6億ドルで大失敗である。同じ時期に買収した創薬支援のInvicro, LLCを4月に既に売却しているが、このときにコニカミノルタの精密医療事業失敗の記事がダイアモンド・オンラインに掲載されている。

diamond.jp

Ambry Geneticsの主力製品はがん遺伝子診断だが、この分野はFoundation MedicineやMyriad Geneticsがシェアを独占しており、他社の参入はほとんど不可能な状態だ。コニカミノルタの当時の主張では独自の技術を持っているということだが、専門家からすれば次世代シークエンスの技術は既に確立されており、誰でもセットアップ可能で独自性はない。買収は必ず失敗すると予想していたが、その通りの結果になった。経済産業省の認可法人である経済革新機構の支援を受けていたのでゲノム国家戦略の一環でもあった:Ambry Genetics売却はゲノム国家戦略の終了も示唆している。
グレイルに関しても日本企業が同じ過ちを犯すのではないか、と心配していたが、そのようなことはなかった。一安心である。