精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん ウイルス 人類観察

第116回日本肺癌学会関西支部学術集会

上記集会が6月25日に行われたので、精密医療関係のセッションを聴きに行った。内容は遺伝子検査パネルとRETなどの希少ドライバー変異の症例報告だった。

 

遺伝子検査パネルは最初の演題が私達の肺がんコンパクトパネルで、共同研究者の東山聖彦先生の発表であった。細胞診検体だけでなくCTガイド下生検の症例も多く、聖マリアンナ医科大学の研究とは対照的だった。

2つの演題はゲノム医療に用いるゲノムプロファイリングのパネル(Foundation One CDx)に関するものだ。ゲノムプロファイリングは標準治療の効果がなくなった患者さんが対象で、治療方針を決定するものだが、大阪国際がんセンターで63症例の報告であった。多分此処数年の蓄積と思われるので年間十数例から20症例程度だと思われる。ゲノム医療体制のない施設の患者も含まれているので母集団の大きさは不明だ。薬物療法が発達している肺癌はやはり少数ではないか。

演題の一つはリキッドバイオプシーで、術後残存病変の有無を調べる方法の肺癌への応用だ。ガーダント・ヘルスのような包括的パネルではなく、原発巣の変異をエキソーム解析で調べて見つかった変異で血中腫瘍DNAの測定系を構築する、という現在残存病変検出には標準で使われている方法であった。リキッドバイオプシーも研究が進み、コンパニオン診断に関しては決着がついていて、各疾患1遺伝子のみで多遺伝子検出には使えない、というのがFDAの判断であった(ガーダント・ヘルス社のGuardant360 CDxおよびファウンデーション・メディシン社のFoundationOne Liquid CDx をFDAが承認)。従ってコンパニオン診断では大きな発展は見込めない。多分術後残存病変検出が残った唯一の応用だ、と思われる。早期発見に関しては、未だ大々的に研究が行われているが、常識的に考えて成功するとは思えず、メリンダ・ゲイツ財団やビジョン・ファンドなど投資ファンドの関与が大きいため、科学と考えるよりは投資ビジネスと考えたほうが適切であろう。

 

希少ドライバー変異のセッションでは、2次治療より後の治療法はほとんど確立していないことを改めて認識した。ASCOでは国際共同治験の結果が、日本肺癌学会全国総会では国際共同治験の日本人サブ集団の結果が主要な演題報告だが、地方会では症例報告あるいは小規模の症例蓄積の報告が主だ。2次治療以降の治療法については、薬剤効果に関するRCTのような決まったアプローチがないので、ほったらかしになっているのが現状だ。ゲノム医療は標準治療のない進行癌患者が対象だが、ゲノム治療の結果選択された治療法が適切であるエビデンスはない。生体系は複雑なので癌細胞増殖に一見関与している変異でも実際はその逆で癌抑制性である可能性は十分あるのだ。従って有害な治療法を選択する可能性は残っており、いわば占い以上の効果はない。しかし2次治療以降の癌治療の現状を考えると、はっきりしたエビデンスのない中、個々の患者の治療法を決定しなければならないので、ゲノム医療は意思決定のためのツール、占いよりも科学の衣をまとっている分だけ見栄えがするツール、ということだ。現在のがんゲノム医療は科学行政の側面を無視すべきではない。現在日本のゲノム科学の立ち遅れはひどい状況なので、米国と中国に追いつくためにゲノム医療をすることで全国的な底上げを図っているとすれば、正当化できるだろう。

この問題に関するアプローチは2次治療以降の治療経過の膨大なデータベースをつくるところから始めるべきなのであろう。ただし検証対象の仮説は、とり得る治療法の数と似た性質をもつ対象患者集団の数の積になるので、十分な患者数がないと検証できない。逆に言えば実行可能な問題かどうかはあらかじめ予測できるはずだ。