精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん ウイルス 人類観察

診断の統計学的性質

患者の臨床因子は確率論的に挙動するが、診断は決定論的である。すなわち決定論的に予測された挙動を取らない患者が必ず存在する。

 

例えば、図1の例で説明しよう。ある診断を受けた患者にAという薬剤を投与した場合(青)、Bという薬剤を投与した場合(黄)の生存曲線である。95%信頼区間は薄色の領域として示されている。95%信頼区間は重複している部分もあり、95%信頼区間外の存在も考慮すると、AよりもBが奏功する患者が低確率で存在する。

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図1.ある診断のもと薬剤A(青)と薬剤B(黃)を投与した場合の生存曲線。Statistical tools for high-throughput data analysis(http://www.sthda.com/english/)より。

臨床的なエビデンスは集団に対するエビデンスであって、個々の患者が必ずそのエビデンス通りの挙動を示すかどうかは完全には予測できない。ただし実際のプラクティスとしては決定論的に意思決定がなされる。すなわち、意思決定は決定論的だが、その結果は確率論的である。実地臨床上はあたりまえの問題であるが、診断法の改善を目指すと、いろいろ考えるべきことが発生する。例えば、複数の因子を用いて診断を行うと診断精度を改善できる可能性がある。

 

精密医療についてこの問題を考えてみる。乳癌の場合は2つの因子(ホルモン受容体とHER2)の組み合わせで4通りになる。肺癌の場合は、遺伝子異常が互いに排他的であるため、各遺伝子異常について薬剤が一義的に決定する。現時点では、とくに高度な解決法は不要だが、肺癌で遺伝子異常にオーバーラップが出現した場合は、多因子(複数の遺伝子異常)から一つの薬剤を選択するアルゴリズムを決定する方法を考えなければならない。ALK, ROS1, RETなどの出現頻度が低いので低頻度で遺伝子異常の重複があってもわからない。またEGFRのcompound mutationsが薬剤感受性に関係がある、とする報告がある。これらのことから、全て(あるいは多数)の遺伝子異常から薬剤を選択するアルゴリズムを検討する必要が出てくるかもしれない。