ヒト免疫不全ウイルスは後天性免疫不全症候群 (acquired immunodeficiency syndrome, AIDS) の病因で、CD4陽性細胞に感染し破壊する。リンパ球(ヘルパーT細胞)、単核球、マクロファージがCD4陽性である。ウイルスにはHIV-1 (human immunodeficiency virus-1)とHIV-2があるが、全世界に広がっているのはHIV-1 であり、HIV-2は西アフリカに限局している。HIV-1について説明する。
HIV-1の生活環
HIV-1, 2はレトロウイルス retrovirus であり、ウイルスゲノムはRNAプラス鎖(mRNA側)である。HIV-1の生活環を図1にしめす。HIV-1のウイルス粒子はCD4あるいはCCR5と結合して細胞内に取り込まれる。ウイルス粒子は細胞膜と融合し、粒子内のRNAは細胞内に放出される。逆転写酵素はウイルスゲノムRNA のDNAコピーをつくり、このDNAコピーがヒトゲノムに挿入される。ヒトゲノムに組み込まれたウイルスゲノムからウイルス蛋白をコードするmRNAが転写され、ウイルスの各蛋白質を生合成する。ウイルスゲノムRNAも複製され、ウイルス蛋白質とともに粒子形成して細胞外へ放出される(出芽)。
HIV-1の構造
ウイルスゲノムの主要な領域は4つあり、5‘側からLTR, gag, pol, envである(図2左)。gag, pol, envから翻訳される各蛋白質はウイルス粒子を構成する(図2右)。
LTR (Long Terminal Repeat):ウイルスゲノムの両端にあり、ほぼ同じ塩基配列が繰り返されている領域である。ウイルスゲノムの転写のプロモーターである。
gag (group-specific antigen) :ウイルス粒子の構造蛋白をコードしている領域である。p17 matrix antigen, p24 core antigen, p6 gag, p7 gagの各蛋白質の情報が格納されている。
pol :ウイルス酵素群をコードしている遺伝子をコードしている領域である。polは開始コドンを持っておらず、リボソームがgagのmRNAを-1フレームシフトする事によって翻訳される。従って、翻訳産物はGag-Polの融合蛋白質となる。プロテアーゼ活性により融合蛋白質が自己消化され、その後プロテアーゼにより各蛋白質が遊離する。以下3つの蛋白質がコードされている。
p66 reverse transcriptase 逆転写酵素、DNAコピーをつくる。
P32 integrase インテグラーゼ、DNAコピーをヒトゲノムへ組み込む。
P11 protease プロテアーゼ、融合蛋白質の消化だけでなく、未成熟ウイルス粒子中で gag, env前駆体蛋白を消化し成熟ウイルス粒子にする。
env (envelope) :ウイルス殻の構成蛋白をコードしている領域である。gp120, gp41 の情報が格納されている。
抗レトロウイルス療法 anti-retroviral therapy (ART)
HIV-1は変異頻度が高く、抗原性が迅速に変化する。そのため極めて薬剤耐性が起こりやすい。そのため、ART (anti-retroviral therapy) と呼ばれる極めて巧妙な治療法が開発された。ARTでは2種類の治療薬、バックボーン backbone とキードラッグ key drugsを組み合わせて使う(図3)。
バックボーン backbone
バックボーンは、核酸系逆転写酵素阻害剤 Nucleoside reverse transcriptase inhibitor NRTI、 nucleotide reverse transcriptase inhibitor, NtRTI である。核酸アナログで、例えば、エムトリシタビン emtricitabine は cytidineと、テノホビル tenofovirはdAMPと構造が類似している(図4)。
キードラッグ key drugs
キードラッグには、インテグラーゼ阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤がある。
インテグラーゼ阻害剤integrase strand transfer inhibitor, ISTI:ラルテグラビル raltegravir
プロテアーゼ阻害剤protease inhibitor, PI:ダルナビル darunavir、リトナビル ritonavir
非核酸系逆転写酵素阻害剤Non-nucleoside reverse transcriptase inhibitor, NNRTI:エファビレンツ efavirenz
ARTの原理
ARTの原理を図5に示した。まずバックボーンである核酸系逆転写酵素阻害剤 NRTIで治療を行う。するとHIV-1は NRTI耐性になる。ここでキードラッグであるプロテアーゼ阻害剤PIで治療する。この段階でのHIV-1はNRTI耐性だがPIには耐性ではなく奏功する。PIで治療を続けるとPI耐性になる。また、NRTIで治療を行う。このHIV-1はPI耐性だがNRTI感受性であるため、NRTIは奏功する。このサイクルを繰り返せば、HIV-1を完全排除はできないが病勢を制御することは可能である。2008年以降の平均余命は78歳、コストは350ドル/年である。なお、此処では簡略化して説明しているので、実際の治療法とは異なる点に留意すること。また、ワクチンは2020年現在未だ開発されていない。