ノーマン・フェントン教授 Prof. Norman Fenton はロンドン大学クイーン・メアリー校で危機情報管理講座を主宰しているが、最近コロナウイルスの統計に関して興味深い分析を行った。ワクチン接種が進んでいる状況では、死亡者の報告がワクチン接種の報告よりも1週間遅れるだけで、見かけ上ワクチン非接種者の死亡率が増大しているように見える、というものである。電脳書で再構成して解説する。
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プラセボ・ワクチンの見かけ上の効果
この分析ではプラセボ・ワクチンという新型コロナウイルスに何の効果もない仮想的ワクチンの接種を仮定している。死亡率は0.001%、100万人あたり15人として、全人口を100万人として20週で全員接種することにする。20週のワクチン接種者と非接種者の死亡者数、死亡率の変化は図1黒字部分のようになる。プラセボ・ワクチンは全く効果がないので、死亡率は接種者と非接種者で同じで、15人/100万人になる。
ここで死亡者数の報告がワクチン接種の統計より1週間遅れるとする(現実に起こりうる仮定である)。すると接種者と非接種者の死亡者数と死亡率は図1赤字のようになり、見かけ上非接種者の死亡率の方が高くなるように見える。1週間前の死亡者数は1週間前の接種者数が母数になっると15人/100万人だが、1週間前の死亡者数を現在の増加した接種者数で除すると、必ず見かけ上の死亡率(観測死亡率)は低い値になる:逆に非接種者の見かけ上の死亡率(観測死亡率)は必ず高い値になる。特に接種者数の増加が著しい時期(8−12週)は両者の差が大きい。そして接種率が100%に近づくにつれ両者の差は縮小する。図1赤字の部分をグラフ表示したものが図2である。
さて実際の統計で同様のアーティファクトが出現しているだろうか? 英国のコロナワクチン接種開始後1−38週の新型コロナウイルス以外の死亡率の統計の推移を示したものが図3である。新型コロナウイルスと関係がない死亡なので、ワクチン接種にかかわらず一定のはずだが、図2と同様非接種者での死亡率の上昇と下降が見られる(図3)。フェントン教授の仮説にある死亡者数報告の遅延の可能性がある。
解説
この分析の対象は、ワクチン接種者が増加している状況での数値の変化である。従って、接種が行き渡ってからの統計ではこのような現象は起こらないので、現時点の日本のデータでは、この分析のアーティファクトはないはずである。第5波のとき医療現場では40,50歳代の非接種者が多かった、ということなので、現状認識を変える必要はないだろう。
この分析の重要なのは、分析結果自体ではなく、普通問題にしない操作が統計解析に大きな影響を与える可能性を指摘した点である。これまで公衆衛生及び医療統計の専門家が見落としていた点にも留意したい。細部を把握しているからこその専門家のはずだが。新型コロナウイルスの場合、医学以外の統計解析専門家の意見の重要性を示す分析だ。
コメント:なお、このフェントン教授の分析は、BCGと新型コロナウイルスの関連性を最初に指摘したJ Sato氏のツイッターで知った。J Sato氏は基本的に反ワクチンの立場だが、興味深い統計解析を度々紹介している。