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バンデン・ボッシュ博士の警告に関する見解:ワクチン接種は予防的治療と捉えるのが適切

遺伝学・進化生物学の観点からみた新型コロナウイルスとワクチンの関係は重要だが、正当な議論は少ない。しかし、その中でバンデン・ボッシュ博士の主張は説得力があり、彼自身がワクチン業界側の科学者という点で重要視している。先日WHOに送った公開書簡について説明したが(バンデン・ボッシュ博士の公開書簡:パンデミック下の大規模ワクチン接種の危険性を指摘)、博士のホームページの記事を大体読んだので、私の見解を紹介しよう。

www.geertvandenbossche.org

 

バンデン・ボッシュ博士の主張

博士の主張は進化生物学の観点による仮説と非特異的免疫に関する仮説の2つの議論から組み立てられている。

① ワクチン大規模接種下のウイルスの進化

ワクチン接種者が多い集団では、ウイルスは進化してワクチン接種者にも感染する変異株が流行するようになる。現行のワクチンではウイルスのスパイク蛋白に対する中和抗体ができる。大規模接種が行われた集団では、この中和抗体と結合しにくいスパイク蛋白を持つ変異株(現時点ではデルタ株)が流行するようになる。ウイルスの進化は、ワクチンによる中和抗体と全く反応しない変異株、すなわちワクチンが効かない変異株が出現するまで続く。

② 変異株に対するワクチン接種者の免疫反応

細菌やウイルスが人体に侵入したときの防御システムには非特異的免疫と獲得免疫がある。最初に働くのは非特異的免疫で、粘膜で病原体の侵入を食い止める。非特異的免疫はどのような病原体にも効果があるが、限界がある。非特異的免疫で食い止める事ができないときには獲得免疫が働く。すなわち病原体に対する抗体がつくられて病原体を中和する。新型コロナウイルスの場合は、スパイク蛋白に対する中和抗体ができてウイルスを除去する。これは、ワクチン非接種者の場合だが、ワクチン接種者に変異株に感染すると、非特異的免疫は働かず、ワクチンによる中和抗体が誘導される。問題は、この中和抗体は従来株に対するものなので、変異株のスパイク蛋白には最適化されていない(suboptimal antibody)ことである。ワクチン接種者では、非特異的免疫も弱く中和抗体も最適化されていないため、変異株は完全には除去されず、感染する。そのためワクチンは、変異株の流行を防止できない。

①でマクロの視点からウイルスの進化の方向を示し、②で免疫学の視点から、そのメカニズムを説明している。ウイルスが進化する過程で、弱くても中和抗体が効いている間はワクチンの効果があり、ワクチン接種者の重症化率は抑えられる。しかし中和抗体が全く効かない変異株が出現すると、ワクチン接種者は非特異的免疫が弱っている分、非接種者よりウイルスに対する抵抗力が弱くなる。これがウイルス進化の最終段階に関する博士の予測である。この予測に基づいてワクチン接種は中止すべきである、と主張している。

 

見解

まず、ウイルスには、3つの性質、感染力、中和抗体耐性、毒性(重症にする力)があり、互いに関連している。しかし、感染力と中和抗体耐性とは関連はしているが、全く同一の形質ではない。ウイルスに対する選択圧は感染力に対してかかっているのであって、中和抗体耐性と毒性にかかっているわけではない。従って変異株の感染力が高まっても、中和抗体耐性と毒性には影響がでないかもしれない。実際現在流行しているデルタ株は入院リスクが高い、という統計はあるが、重症化率に関しては明確ではない(多分従来株と大差はないためだろう)。デルタ株が最も感染力が高い変異株で、これ以上感染力の強い株は出現しないかもしれないのだ。

新型コロナウイルスワクチンは、感染防止と重症化抑制という2つの目的をもってつくられた。この2つは、医学では別領域で扱われ専門家も別だ:感染防止はどちらかと云うと公衆衛生のための社会対策で、集団免疫を構築してウイルスを制御、できれば撲滅する;重症化抑制は純粋に医療である。新型コロナウイルスワクチンでは、イスラエルの事例で明らかなように(ワクチン先進国のイスラエル、人口100万人あたり新規感染者数で世界一に!「前例のない規模」)、感染防止はできない(正確には感染防止効果は流行を止めるほど強くない)ことが判明してきている。ただし重症化抑制効果はあるので、ワクチン接種は予防的治療と捉えるべきだ。公衆衛生対策は集団に対して行われるが、医療は個人に対して提供されるものである。新型コロナウイルスの病状から考えると、がんほど深刻ではないが、治療法選択については患者の同意が必要なレベルである:通常の医療行為としては文書で説明した後同意を取ることになる。現在の日本の実情は希望者に接種なので、大筋ではよいが、個人の判断に影響するマスコミ、SNSの不適切情報が多く標準的な説明がない点が問題であろう。バンデン・ボッシュ博士を始めとして、多くの人は、感染防止は社会対策で集団が対象、重症化抑制は医療で個人が対象、専門家も別、ということを忘れているため、混乱しているように見える。

なお、免疫学は専門外なので、免疫関係の主張に関しては、議論しない。ただ無症状のワクチン接種者の感染率を調べれば、博士の仮説は検証できる。

まとめると、新型コロナウイルスワクチンは感染防止効果はないが、重症化抑制効果はあるので、医療行為(予防的治療)として行うのが適切である。但しバンデン・ボッシュ博士の主張のように、進化生物学的に凶悪なウイルスが出現する可能性はあるので、それは認識しておいたほうが良い。私見では、そのリスクは現行のワクチン接種を中止するほど大きくはない、と考えている。デルタ株よりも感染力が強い変異株はなかなか出現しないのではないか。デルタ株により、より凶悪なウイルスの出現が抑えられているのではないか。