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新型コロナウイルス 〜 遺伝子改変の痕跡

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源は今後のパンデミック対策を立てる上で決定的な要因だ。自然発生と研究所流出では対策が異なってくる。また、研究所から流出したウイルスが野生株ではなく人工的に遺伝子改変されたものであれば医学的あるいは公衆衛生学的問題ではなく社会問題である。パンデミック初期からずっと自然発生説が主流であったが、5月末に欧米の主流メディアの論調がかわり、現在は遺伝子改変されたウイルスが研究所から流出したことは、ほぼ確定している。

 

これまでの経緯

パンデミック初期から武漢研究所からウイルスが流出したという噂はあったが、主流メディアは陰謀論として扱っていた。学術面で決定的な出来事は、2020年2月19日に代表的医学誌であるランセットに掲載された27人の専門家の声明である。彼らは中国の研究者を養護し、研究所流出説は陰謀論である、と主張していた。この声明の中心となったのはピーター・ダザック Peter Dazackでエコヘルス・アライアンスの代表である。エコヘルス・アライアンスは新興感染症から人間と動物を守るための研究活動を支援してきた米国の非営利団体である。新型コロナウイルスについては、ランセット誌からCOVID-19特別チームへの参加を委託されており、また2021年2月に行われたWHOの武漢研究所の調査にも加わっていた。WHOの調査は、自然発生が有力という報告であった。ところが、5月末になると米国衛生研究所(NIH)の研究資金340万ドルが、エコヘルス・アライアンスを通じて武漢研究所へ流れたことを主流メディアが一斉に報じ出した。米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長はコロナウイルスの機能獲得実験をずっと行おうとしていたが、米国内での実験を却下されたため、海外、すなわち中国で行おうとしたためである。2020年2月19日の声明文では、ダザックは武漢研究所との利害関係はない、と主張していたが、実際は利害関係があったことがわかった。ランセット誌は声明文に関する利益相反に関する記事を6月21日に掲載、ダザックはランセット誌のCOVID-19特別チームを離れることになった。

www.foxnews.com

武漢研究所で行われていた新型コロナウイルスの研究は、中国単独ではなく米国の研究者も深くかかわっていたことが表面化してきた。日本ではあまり報道されていないが、欧米の主流メディアは研究所流出は既成事実の扱いである(ウォールストリートジャーナルへのリンクを貼っておく)。今回調べてみると、まともな学術誌に結構多くの研究所流出説を示唆する論説が発表されていた。

www.wsj.com

 

遺伝子改変の痕跡

感染力のないウイルスに感染力を持たせるなど、いわゆるウイルスの機能獲得実験には2つの見解がある。一つは、新興ウイルス感染症の対策上ウイルスについて深く理解する必要がある。そのためにはウイルスの機能獲得実験は必要だ、とする意見。もう一つは、機能獲得したウイルスが流出すると新たなパンデミックを人工的に引き起こすことになる。危険性を鑑み機能獲得実験は規制すべきである、という意見である。実際は1990年代末よりコロナウイルスの機能獲得実験は行われてきた。2010年代になると武漢研究所がコロナウイルス研究の中心となり、多くの野生株収集と機能獲得実験が行われていた。

新型コロナウイルスの感染性を決定するのは、ウイルスのスパイク蛋白である。スパイク蛋白が哺乳類の細胞表面上にあるACE2というタンパク質と結合して細胞に感染する。スパイク蛋白のACE2の結合能によって感染力が決まる。コロナウイルス機能獲得実験は、もともとヒトACE2に結合しないコウモリのコロナウイルス・スパイク蛋白にヒトACE2結合能を獲得させるのが目的だ。

方法は2つあって、一つはスパイク蛋白の遺伝子を直接改変する方法、もう一つは研究室内で細胞あるいは動物で継代培養を行い、ヒトACE2に感染するウイルスを作り出す方法である。例えば、 マウスACE2をヒトACE2に置き換えたマウス(このようなマウスは簡単につくれる)に感染させて肺炎を起こすウイルスを選び出すわけである。二つ目の方法は自然に起こる感染を研究室内で高速に繰り返すわけで、遺伝子上には痕跡は残らない。遺伝子改変は、意図的に痕跡を隠さない限り、改変した痕跡は残ってしまう。

スパイク蛋白は最初は一つのタンパク質として生成するが、動物のタンパク質分解酵素により2つのサブユニットS1とS2に分解されて活性化する。分解酵素の消化を受けやすいかどうかという点は、感染性を決める重要なポイントだ。SARS-CoV-2のスパイク蛋白はS1とS2 のつなぎ目のところにPRRA(プロリン-アルギニン-アルギニン-アラニン)というアミノ酸配列が挿入されている(図1)。これはフーリンFurinというタンパク質分解酵素の標的配列である。タンパク質分解酵素はいろいろあるが、必ずしも人体のすべての組織で発現しているわけではない。その中でもフーリンは発現している組織が多く、そのためSARS-CoV-2は全身の細胞への感染性が強い。とくにPRRAは肺の細胞への感染には必須で、PRRAを欠失させたSARS-CoV-2は肺の細胞には感染しなくなる:PRRAのないSARS-CoV-2は少なくとも肺炎は引き起こさない。なおこのアミノ酸配列挿入はSARS-CoV-2の顕著な特徴で、コウモリ、センゼンコウ、ヒトのコロナウイルス近縁種にはない。

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図1.SARS-CoV-2スパイク蛋白のアミノ酸配列。配列が類似している他のコロナウイルスと比較している。一番下がSARS-CoV-2で、挿入アミノ酸配列とコドンは赤字。Segreto and Deigin 2021より転載。

このアミノ酸配列PRRAが自然発生なのか人為的に挿入されたものか、という点が問題である。アミノ酸の情報は遺伝子の配列にコードされており、遺伝子改変でアミノ酸配列を変えることができる。遺伝子はA(アラニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)という4つの塩基から構成されている。一つのアミノ酸は3つの塩基によりコードされており(3つの塩基からなる配列をコドンという)、R(アルギニン)の場合は、CGT、CGC、CGA、CGG、AGA、AGGの6つのコドンが対応する。挿入されたPRRAの2つのRはCGGCGGになっているが(図1)、CGGは6つのコドン中5%と最も頻度が低い。そしてCGGが2つ連続している配列はSARS-CoV-2ゲノム上他にはない。更に興味深いのは、GCGGGが制限酵素Fau Iの認識配列である点だ。制限酵素は特定の塩基配列を認識して切断する酵素だが、制限酵素認識配列があると実験操作上非常に便利である。例として、PRRAを挿入する遺伝子改変実験について説明しよう。コロナウイルスへの挿入実験を行った場合、だいたい成功するのは10−20個のうち1個である。そのためどの株が成功したのか確認する必要がある。塩基配列を直接決定することもできるが、その場合コストは数十万円で2,3日かかる。制限酵素が使えれば、ほとんどただ(100円以下)で、しかも数時間で終わる。ゲノムをアガロースゲル電気泳動で分離すると、挿入のない場合はFau Iで切断されていないので一つの長い断片のままだが、挿入があると短い2つの断片になる(図2)。他にも実験上のメリットが大きいので、意図的に頻度の低いコドンを使ってFau I認識配列を挿入した可能性が高い。

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図2.制限酵素による配列挿入の確認(イメージ図)。アガロースゲル電気泳動は遺伝子を大きさで分離する。配列が挿入されると制限酵素Fau Iで切断されるので小さな断片が2つできる。cのみ配列が挿入されていて、他は挿入されていないことがわかる。

まとめると、

1.SARS-CoV-2のスパイク蛋白には感染性を高めるアミノ酸配列が挿入されている。

2.近縁種のコロナウイルスにはこのようなアミノ酸配列挿入はない。

3.挿入アミノ酸配列中の2つの連続したアルギニンのコドンの頻度は5%と低く、2つ連続する確率は0.25%になる。コロナウイルスゲノム中に他にこの配列はない。

4.連続したアルギニンのコドンから制限酵素Fau Iの認識部位ができる。これは遺伝子改変実験操作上極めて便利であり、意図的に挿入された可能性が高い。

 これらのことから、自然発生を否定することはできないが、SARS-CoV-2は遺伝子改変により作られた可能性が極めて高い。

 

資料

遺伝子改変の説明

Segreto, R. and Deigin, Y. The genetic structure of SARS-CoV-2 does not rule out a laboratory origin. BioEssays. 2021 43:2000240 DOI: 10.1002/bies.202000240

同じ内容の説明をカリフォルニア大学バークレイ校の研究者も行っている。

www.dailymail.co.uk

 遺伝子関係の専門家からするとあまりにも明確なので、多くの研究者が気づいていた、と思われる。

 

ランセット誌声明文

武漢研究所流出説はデマで陰謀論である、と主張したランセット誌の声明文。ピーター・ダザック は著者の一人である。Statement in support of the scientists, public health professionals, and medical professionals of China combatting COVID-19. 

上記声明文の利益相反に関する追加文。ダザックの中国との利益相反関係が記載されている。Addendum: competing interests and the origins of SARS-CoV-2