精密医療電脳書

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Trop-2を標的にした抗体薬物複合体 sacituzumab govitecan

Trop-2(別名Tumor-associated calcium signal transducer 2, TACSTD2)はEpCAMと類似した構造をとる膜タンパク質であるが、生体内での機能はよくわかっていない。高発現が複数の癌腫で予後不良と相関していることから、分子標的薬が開発されている。本稿でとりあげるsacituzumab govitecan(ギリアド・サイエンシズ)のほかDS-1062(第一三共)がある。タンパク質の機能が不明にもかかわらず予後との相関性データに基づいて開発された点が興味深い。

 

Trop-2(遺伝子名TACSTD2

Trop-2はEpCAM(遺伝子名TACSTD1)とアミノ酸配列の一致率49%、類似度67%であり、遺伝子ファミリーを形成している。進化の過程でthyroglobulin, HLA-DR-associated invariant chain, probably nidogenの各遺伝子とエクソンシャッフリングによりドメインを獲得してきている(図1)。構造上はこれらのタンパク質との類似性が認められるが、Trop-2の機能ははっきりしない。

図1.Trop-2(上)とEpCAM(下)の構造。文献1より。

 

TACSTD2は、gelatinous drop-like corneal dystrophy(GDCD)の原因遺伝子である。GDCDは稀な劣性遺伝子疾患で両側性角膜アミロイドーシスを引き起こし、最終的には失明に至る。日本で発症頻度が最も高い疾患である。

癌との関連性については、高発現と全生存期間との関連性の報告が多い(文献1)。胃癌、大腸癌、非小細胞肺癌、乳癌、膵癌、卵巣癌、胆嚢癌で高発現と全生存期間の短縮との相関が報告されている。非小細胞肺癌については逆の報告、高発現と全生存期間の延長との相関の報告が一報ある。

 

Sacituzumab govitecan

Sacituzumab govitecan(開発コード IMMU-132)はTrop-2抗体と毒性ペイロードSN-38(7-ethyl-10-hydroxycamptothecin, イリノテカンの活性化した代謝物)との複合体である(図2)。

図2.Sacituzumab govitecanの構造。

SN-38はタイプIトポイソメラーゼ阻害剤でDNAの二重鎖切断を起こし、その結果細胞はアポトーシスに至る。

 

臨床試験結果

 

転移性トリプルネガティブ乳癌

転移性トリプルネガティブ乳癌で有効性を示す試験結果が得られている。対象は中央値5回の前治療を受けた69名の患者で、奏効率30%、無憎悪生存期間中央値6ヶ月、全生存期間中央値9.5ヶ月であった。(文献2)。

 

進行性非小細胞肺癌

対象は中央値3回の前治療を受けた54名の患者で47名が治療効果の評価が可能だった。奏効率19%、奏功期間中央値6ヶ月(95%信頼区間4.8−8.3)、臨床的有効率(CR+PR+4ヶ月以上のSD)43%だった。ITT集団(54名)での奏効率は17%、奏功期間中央値3.8ヶ月、無憎悪生存期間中央値5.2ヶ月(3.2−7.1)、全生存期間中央値16.6ヶ月(5.9−16.7)であった。グレード3以上の副作用は好中球減少(28%),下痢(7%)、嘔吐(7%),疲労(6%)、発熱性好中球減少(4%)であった(文献3)。

 

考察

タンパク質の機能が不明にもかかわらず予後との関連性データのみで開発され、現時点で有望である点が興味深い。抗体を癌細胞の傷害につかうのではなく、薬物の選択的デリバリーに使っている点がこれまでの抗体薬物複合体とは異なる。

 

文献

1. Lenárt, S., Lenárt, P., Šmarda, J. et al. Trop2: Jack of All Trades, Master of None. Cancers (Basel) 2020, 12 3328. DOI: 10.3390/cancers12113328

2. Bardia, A.,Mayer, I.A., Diamond, J.R. et al. Efficacy and safety of anti-Trop-2 antibody drug conjugate sacituzumab govitecan (IMMU-132) in heavily pre-treated patients with metastatic triple-negative breast cancer. J Clin Oncol 2017, 35 2141-2148. DOI: 10.1200/JCO.2016.70.8297

3. Heist, R.S., Guarino, M.J., Gregory Masters, G. et al. Therapy of Advanced Non–Small-Cell Lung Cancer With an SN-38-Anti-Trop-2 Drug Conjugate, Sacituzumab Govitecan. J Clin Oncol 2017, 35 2790-2797. DOI: 10.1200/JCO.2016. 72.1894