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佐川美術館「ガウディとサグラダ・ファミリア展」:サクラダ・ファミリアに感じた違和感の原因を探る


1990年にバルセロナを訪れたが、各所にガウディの建築が散在していて、簡単に回れるところは全部回って見学した。他では見れない独特な建築で強い印象を持った。サグラダファミリアも見たが、その時はファザードが一つと塔が数本で、現在のものとは全く異なり観光客も少なくじっくりと見れた。建築中だったが、このままで十分、という印象をもった。ところが、現在メディアで放送される建設が進んだサクラダ・ファミリアは、「これはガウディ建築なの?」、と感じるほど違和感がある。はっきり言って「醜い」のだ。ウィキペディアでは、

「1936年に始まったスペイン内戦により、ガウディが残した設計図や模型、ガウディの構想に基づき弟子たちが作成した資料のほとんどが散逸した。これによりガウディの構想を完全に実現することが不可能となり、サグラダ・ファミリアの建造を続けるべきかという議論があったが、職人による口伝えや、外観の大まかなデッサンなど残されたわずかな資料を元に、その時代の建築家がガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われている」

とあり、多分オリジナルのガウディのプランとは乖離していて、そのためガウディの建築ではなくなっているのではないか。この辺の事情をもう少し詳しく知るために、佐川美術館で開かれていた「ガウディとサグラダ・ファミリア展」を見に行くことにした。

 

この展覧会は非常に人気があり予約制だった。平日午前の入場だったが、美術館行きの発バスは満員、館内も人が多く、コーヒーショップは1時間以上待たないと入れないような状況だった。平日ということもあって高齢者が多い。今回は作品鑑賞が目的ではなく調査目的なので、すべての解説に目を通し音声ガイドも聴いたが、要した時間は約1時間半で、展覧会の規模は適度、説明もわかりやすかった。展覧会の内容をまとめると、以下の3点になる。

 

1.ガウディは当時の建築技術を綿密に研究し、それらの技法を習得している。

ガウディの時代は、過去の様々な様式によるリバイバル建築が盛んだった。バロック、ルネッサンス等の様式のリバイバルでネオ・ゴシック、ネオ・ルネッサンスと呼ばれた建築様式にあたる。スペインでは、これに加えてイスラムの影響も強く、これはネオ・ムデハルという建築様式だ。ガウディオリジナルの粉砕タイルを使った建築は、ムデハル様式のタイルを使った建築から派生したものだ。ガウディの建築は素人目には他の建築様式とかけ離れているように見えるが、これら既存の建築技法を時間をかけて習得してる。

 

2.プロジェクトによっては、準備に長い時間をかけている。

ガウディは特定の建築や技術に関して年単位の時間をかけている。一つの例は、逆さ吊り模型(フニクラ)だ。ガウディが設計したコロニア・グエル教会地下聖堂は、傾斜した柱や壁、荒削りの石、更に光と影の目くるめく色彩が作り出す洞窟のような空間になっている。彼はこの聖堂の設計のため、10年の歳月をかけて逆さ吊り模型の実験を行った。同時代に同郷のチェロ奏者パブロ・カザルスが10年以上の歳月をかけて新しいチェロ奏法を編み出しており、かかる時間を無視している点が共通している。サクラダ・ファミリアの設計に当たり、ガウディは膨大な石膏模型を制作し空間や細部の研究を重ねていた。ガウディ本人には建築について正確なイメージが有り、それを忠実に現実化するために膨大な数の模型で検討していた。

 

3.ガウディの構想とは異なる案が採用されていることがある。

西側ファザードの受難の正面は、ガウディ本人の最終案の写真コピーのみが残っていた。最終案からの設計は困難を極めて、2010年以降のコンピュータ解析の導入によりやっと設計が完成した。そのため実施案とガウディのオリジナル案はプロポーション的に大きく異なる。受難の正面にはバルセロナの彫刻家スビラックス(Josep M. Subirachs)が配置されているが、スビラックスはガウディ死後に選ばれた彫刻家で、彫刻の配置はガウディの原案とは全く異なったものになっている。受難の正面は代表的な例だが、その他にもガウディ案とことなる点は多々あるだろう。

 

ガウディ自身には確固とした建築の内的イメージがあり、それを膨大な模型作成で実体化していく、という建築法だった、と思われる。後継の建築家には、目標としてる建築の内的イマージがなく、ガウディの残した資料から推測しており、それはガウディの内的イメージとはかけ離れている。そのため見る人によっては違和感を感じるのだろう。

 

ネット上では、私と似た意見を散見する。日本でのガウディ研究の第一人者とされている田中裕也氏もサクラダ・ファミリアの問題点を指摘されていた(目指すべきは、ガウディのサグラダ・ファミリアか、 理想のゴシック建築か)。わかりにくい文章で、私なりに解釈すると、「ガウディは完成まで何世代もかかる、と考えていたことから、サクラダ・ファミリアをゴシック建築と考えていたのだろう。多くのゴシック建築は何世代もかけて建てられており、各時代の建築家が自身の考えに基づいて建築を続けている。ガウディもサクラダ・ファミリアはそのようであるべき、と考えており、現在のガウディの原案を再現しようとする現在のアプローチは誤っている」、ということだ。