精密医療電脳書

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GM管

GM管は核酸保存液を封入した生検組織採取用容器(ジーンメトリックス会社案内)で、現在のところ肺がんコンパクトパネルとのみセットで使用可能である。主成分は高濃度硫酸アンモニウム水溶液で、RNA及びDNA分解酵素の働きを阻害する。酵素を含む生体内のタンパク質は、生理的な塩濃度で働くため、極端な塩濃度では機能停止する。従って高塩濃度であれば、どのような塩でも阻害効果があるが(例えば高濃度食塩水でもよい)、DNA及びRNA精製のことを考慮すると硫酸アンモニウムがメリットがあるため、硫酸アンモニウムが第一選択になる。サーモフィッシャーサイエンティフィックやシグマなど多くの試薬メーカーが高濃度硫酸アンモニウム水溶液をRNAlaterの商品名で販売してきた。RNAlaterは研究用試薬であるため、医療用に使うことはできない。高塩濃度の水溶液を核酸保存に使用する方法は、Ambion社により特許化されており(細胞および組織試料中にrnaを保存するための方法および試薬)、ライセンス供与なしに製造販売することはできなかった。なお、特許の有効期間は2019年7月30日までで現在は失効している。

 

まだパネル検査が現れる前、コバスやクランプ法でEGFRのみ遺伝子検査を行っていた頃、生化学の立場から肺がん遺伝子検査の現場を観察していた。がん組織診断は必須であり、そのためがん組織を採取後フォルマリンで固定する(FFPEと呼ぶ)。フォルマリン固定は組織染色による観察には必須プロセスなのだが、遺伝子検査の素材としては好ましいものではない:フォルマリンは核酸を傷害するためだ。最良の方法は組織診断用と遺伝子検査用に生検検体を分割することだ。ただしフォルマリンで固定していない未固定の組織は、細胞内のRNA/DNAが分解酵素で分解されるため、速やかに凍結する必要があった。

 

2017年頃だったと思う。当時大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)では遺伝子検査には鉗子洗浄液など未固定標本をEGFR変異検査用に提出していた。簡便な操作で核酸品質も高い。しかし一般病院ではFFPE検体が広く行われていたので、理由を呼吸器内科の西野和美先生に尋ねたところ、「それは冷凍庫のない病院が多いためだ」という返事だった。なるほど、それならば解決策がある:高濃度硫酸アンモニウム水溶液に浸ければ、室温でもがん組織内のRNA/DNAは分解されない。そこで高濃度硫酸アンモニウム水溶液を封入した生検検体用の容器を開発することとした。特許は2019年に切れるので、医療用として製品化することとした。

 

開発は合同会社ジーンメトリックスでおこなった。ジーンメトリックスは株式会社トラストメディカル、株式会社モリマーエスエスピー、そして私が参画している合同会社で、私の研究成果を実用化するために造られた会社である。硫酸アンモニウムを使った核酸保存液のプロトコールについて調べてほしい、と頼んでいたら、5つほど世の中に出回っているプロトコールをトラストメディカルの人が持ってきた。「どれにしましょうか?」と尋ねられたので、「どれでもいいよ」と答えたが、「それでは困ります。どれか選んでください」と言われたので、適当に「コレ」、といって一つを選んだ。硫酸アンモニウム以外の成分は、核酸保存という目的には影響しないためだ。

 

現在肺がんコンパクトパネルの検体採取、特に細胞診検体採取に使用されているが、細胞診検体の半数が凍結、半数がGM管のようだ。DNAチップ研究所に聴いていみるとRNAlaterとは明らかに性状が異なる、ということだ:RNAlaterは粘度が高いが、GM管は粘度が低くサラサラしている。核酸精製過程では粘度が低いほうが核酸精製過程では有利、とくに自動精製装置を使用する場合はメリットが大きい。硫酸アンモニウム以外の成分の組成を会社に尋ねたら「先生は何でも喋ってしまうので、教えません」ということだった。結果的にGM管の成分は、発明者にもわからなくなっている。