最近封切りされた「沈黙の艦隊」は、もともと漫画で1988年から1996年に連載された漫画である。最近映画化されて内容としては、潜水艦戦を描いたものだが、その背景になっている核戦略は現在のロシア-北朝鮮とよく似ている点に気がついた。「沈黙の艦隊」は1988年から1996年に連載されたかわぐちかいじ作の漫画が原作で、1990年の世界情勢の中で、このようなプロットを考えていたのは驚嘆に値する(あるいは、専門家の核戦略を借用いたのかもしれない)。
沈黙の艦隊では、日米合同のプロジェクトの原子力潜水艦を海江田四郎二等海佐が乗っ取り、この潜水艦は「やまと」という独立国家である、と宣言する。「やまと」は核を搭載していると海江田は主張する(実際に搭載しているかどうかは映画では不明)し、日本に軍事同盟を呼びかける、という話だ。
作者が気がついているかどうかは不明だが、核戦略としてこの軍事同盟は興味深い。軍事同盟が成立した場合「やまと」は一原子力潜水艦なので、実質は日本の兵力になる。だが「やまと」が核攻撃を行った場合反撃対象は日本ではなく、独立国家「やまと」になる。すなわち日本は核による反撃の恐れなく先制核攻撃が可能になる。あるいは核を持たずに核抑止力を獲得することができる。
プーチンは9月13日に行われた金正恩との会談で軍事技術強力の可能性を示唆している。www.tokyo-np.co.jp
ロシアが北朝鮮に核ミサイルを搭載した原子力潜水艦の貸出を提案した、というインテリジェンス情報もある。北朝鮮がロシア側で核攻撃を行った場合、ロシアは反撃対象にはならず北朝鮮が反撃対象となる。北朝鮮が本当に核攻撃をするかどうかは別として、ロシアは反撃対象とならずに米国と中国に核抑止力を発揮することができるのだ。現実の日本としては、現在韓国が核保有を考えており、韓国が核保有すれば、韓国を「やまと」のかわりに使う、という戦略がありうる。また、北朝鮮との軍事同盟も起こりうるオプションだ。米国の「核の傘」があるじゃないか、という反論があるだろうが、現実には「核の傘」は存在しない。これが次のカラガノフの核戦略の基盤になっている。
「沈黙の艦隊」核戦略とは、他の国の核を自国のための核攻撃力・核抑止力に使うことだ。
セルゲイ・アレクサンドロヴィチ・カラガノフ(ロシア語: Серге́й Алекса́ндрович Карага́нов、英語: Sergey Alexandrovich Karaganov)はロシアの政治学者でプーチン大統領とも親しい。彼が2023年6月に発表した論説は現在のロシアの核戦略を述べたもので、各国の関係筋に衝撃を与えた。カラガノフの考えは以下のとおりである。
A Difficult but Necessary Decision — Russia in Global Affairs
現在の戦争の原因は、世界が核の恐怖を忘れたためだ。核の恐怖を呼び戻すためには、一度核を使う必要がある。例えば、ロシアがポーランドの軍事基地等に戦術核を使えば、世界は再び核の恐怖を思い出すだろう。もちろん、この場合は事前にポーランドとNATOに通告する。
重要なポイントは、米国は同盟国への核攻撃に対して反撃しない、ということだ。これはソ連時代から米国の核戦略を長らく観察してきたが、一貫して米国は同盟国への核攻撃に対しての反撃準備をしていない。いわゆる「核の傘」は米国の見せかけの主張である。ロシアが限定的な核攻撃を米国の同盟国に行った場合、米国は反撃しないので、「核の傘」が存在しないことが世界中に判明してしまう。その結果、NATO諸国との同盟関係と日韓米同盟は大きく損なわれることになる。
カラガノフの核戦略は、限定的な戦術核攻撃を実際に行うことで、米国の「核の傘」が虚構であることを明らかにし、西側の米国中心の同盟関係を破壊することだ。
ロシアの核戦略は、経済戦略とともに長年に渡って準備されてきたもので、もはや西側に対抗できる手立てはない。現在の西側社会(米国、英国、EU)の混乱状態を見ると、ロシアと比較すると西側の政策立案執行者は全く無能に見える、というか無能と断言できる。翻って日本だが、韓国、台湾ともに社会は安定している。このままの状態が続くのであれば、日本の政策立案執行者は結構有能なのかもしれない。一見すると政治家と官僚も無能に見えるので不思議なのだが。
ロシアの経済戦略については次の書籍が詳しい。
コールダー・ウォー | 草思社
カラガノフの核戦略については伊藤貫氏の動画が便利だ。
www.youtube.com