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米国臨床腫瘍学会誌の医療費用対効果に関する論説

Journal of Clinical Oncology(JCO)は米国臨床腫瘍学会American society of Clinical Oncology(ASCO)の学会誌で代表的な臨床腫瘍学の雑誌である。最近医療経済に関する興味深い記事が掲載されていた。

Ramsey, S.D., Friedberg, J.W., Cox< J.V., and Peppercorn, J.M. Economic Analysis of Screening, Diagnostic, and Treatment Technologies for Cancer: Reflections and a Roadmap for Prospective Authors. DOI: 10.1200/JCO.22. 01556

 

これは編集部による論説 (Editorial)だが、まず米国の医療システムの特殊性について説明している。先進国では、医学の進歩に伴う医療費が高騰と高齢化のため医療経済の効率化は重要な問題である。医療の経済的側面、費用対効果の分析Cost-Utillity Analysis(CUA)は医療行政の上で重要な役割を担っているが、米国は例外でCUAは他の国と異なりうまく機能していない。理由はいくつかあり、まずCUAを行う公的機関がない(日本には中央社会保険医療協議会、略して中医協がある;研究開発する立場からすると非常に厳しい、つまりー渋い)、価格設定や補償のシステムが不透明、法律によってFDAが承認した抗がん剤はメディケアやメディケイドのような公的保険精度から守られていて費用対効果不明のまま保険でカバーされることになっている。また、歴史的に治療法選択にコストを考慮しない医師の文化があり(これは日本でも同じだが、日本には高額医療制度があるため患者の負担が巨大化することはない)、患者の方は患者の方でより強力な新薬を求める。このような状況なので米国ではCUAは効果的に働かない。

 

しかし、現在の経済危機の中、米国でもCUAは重要になってきている。費用対効果を考え医療経済を改善するためには医師による治療法選択が最も重要だ。だが、まず保険会社がCUAを行わない、つまり治療効果とコストとの関連性を調べない。医師の側も医療費には頓着しないため製薬会社が勝手に価格を設定できる余地が多い。これらの問題を解決するためには、まず医師がCUAについて理解する必要があり、JCOなど米国臨床腫瘍学会の雑誌は優良論文を米国の医師に届けることで貢献できる、としている。

 

このような論説が出版されたことから、高額医療を受けることができる米国の富裕層もインフレの影響を受けて、がんに罹患した際の医療費負担に不安が生じているのだろう、と推察できる。そのような社会状況により学会としても何らかの対応が必要、というスタンスだ。だが、米国臨床腫瘍学会と製薬企業はズブズブの関係で、この関係が影響を受けることはないだろう。学会側が製薬企業に価格の引き下げを求めることなどはない。例えば、毎年行われる米国臨床腫瘍学会年会に各製薬企業はブースを出すが、そのためには1億円ほど学会に支払っている、とのことだ。薬剤はOTCを除き医師が処方するため、製薬企業の顧客は一般人ではなく医師だ。強力なマーケッティングは医師に対して行われる(今でも医療従事者限定サイトではファイザーとモデルナワクチンの広告が多数掲載されている)。医師の学会が製薬企業にクレームができるはずがない。実際に改善しようとすれば、行政に働きかけなければならないが、ASCOは論文掲載で終わりそうだ。

自身の研究は抗がん剤選択法の開発なので、製薬企業がつくった資本主義のシステムの中に収まっている。しかし、このシステムの欠陥、つまり利益につながらないことはやらない、という欠陥を突くと、大企業でもできない(正確にはやらない)研究開発ができる。また対象が進行癌患者なので、倫理的問題が発生する可能性が低い点はラッキーだ。新型コロナワクチンは健常人に接種するので副作用に対する倫理的責任は遥かに重い。私の当初の予想を越えて、学術論文での副作用報告が現れており、研究開発における倫理性について改めて考えている。