精密医療電脳書

分子標的薬 コンパニオン診断 肺がん LLM ブロックチェーン

2025年米国臨床腫瘍学会年会肺癌関連演題のAIによる分析(改訂):3つの主要モデルの比較

2025 ASCO Annual Meetingの演題リストがアップデートされ演題数が増加したので、肺癌関連演題分析をやり直した。以前の分析はこちら。乳癌関連演題はこちら。Anthoropc, Google, Open AIの最新モデルClaude 4 Sonnet, Gemini 2.5 Pro, GPT-4.1について比較した。

 

 

分析のアウトライン
 

演題抽出


2025年米国臨床腫瘍学会年会の演題を"Lung Cancer"をキーワードに検索し、597演題を得た。そのうち発表には選ばれていない演題(Publication only)を除くと、学会発表演題として314演題が残った。解析対象はこの314演題である。

 

分析方法


直近の臨床腫瘍学関連の腫瘍雑誌の情報をもとに本年度の学会の傾向を主要なAIに分析させた。Chat bot はMonica,知識ソースは「学術(Google Scholar)」を選択。今回使用したモデルはClaude 4 Sonnet, Gemin 2.5 Pro, GPT-4.1である。それぞれAnthoropic, Google, OpenAIの最新モデルだ。プロンプトは以下の通り。

 

これは本年度の米国臨床腫瘍学会年会の肺癌関連の演題です。この演題全体を読んで、肺癌専門医の立場から本年度の年会の傾向を述べてください。過去の情報としては2023,2024年にNew England Journal of Medicine, Lancet , Lancet Oncology, Journal of Clinical Oncologyに発表された論文が有益です。

 

分析結果概要

3つのモデルの結果はほぼ同じである。「新しい薬物モダリティ(ADC, BiTE)の進展」、「BiTEによるSCLCの治療革新」、「術前後治療の成熟化」が最も目立つトピックスである。そして分子標的薬、AI・リキッドバイオプシーなどの新しい技術、健康格差などの社会的問題が続く。以前の演題数が少ないとき(187演題)の分析(2025年ASCO年会肺癌演題タイトルをAIで徹底分析)との違いは、Tarlatamab(BiTEの一つ)が重要視されている点だ。そのためADCとBiTEが一つにまとめられて、トップのトピックに選ばれている。主要トレンドは「新規治療薬(新世代ADC、BiTE)」「周術期治療の進化」「分子標的薬の新動向」「SCLCの治療革新」(Tarlatamabの貢献のため)である。

 

3つのモデルが選んだトピックス

 

Claude 4 Sonnet

1. 新規治療薬の台頭と治療パラダイムの変化
・Tarlatamab(DLL3標的BiTE)の確立
・新世代ADC(抗体薬物複合体)の多様化

2. 周術期治療の成熟化
・免疫チェックポイント阻害薬の確立
・バイオマーカー主導治療の精緻化

3. 標的治療薬の進化
・KRAS G12C阻害薬の最適化
・新規標的の探索

4. 人工知能・デジタル病理の実用化
・診断・予後予測への応用
・リキッドバイオプシーの発展

5. 健康格差・アクセス改善への取り組み
・多様性・公平性の重視
・スクリーニング・早期診断の拡大

6. 小細胞肺癌治療の革新
・新規標的治療の登場
・免疫化学療法の最適化

 

Gemini 2.5 Pro

1. 新規モダリティの臨床実装と治療パラダイムシフトの加速
・ADC(抗体薬物複合体)、BiTE(二重特異性T細胞誘導抗体)

2. 周術期治療のさらなる進化と個別化
・術前・周術期ICIの長期成績:
・ctDNA/MRDの臨床応用: 

3. ドライバー遺伝子変異陽性肺癌治療の深化と拡大
・KRAS G12C阻害薬: 
・EGFR変異:
・希少ドライバー変異: 

4. AI、リキッドバイオプシー、デジタル技術の臨床応用加速
・AI・デジタルパソロジー: 
・リキッドバイオプシー: 
・大規模言語モデル(LLM)の活用:

5. 小細胞肺癌(SCLC)における治療開発のブレークスルー
・Tarlatamab: 
・免疫化学療法の最適化: 

6. グローバルな視点とアンメットメディカルニーズへの挑戦
・健康格差(Disparities): 
・患者報告アウトカム(PRO)とQOL: 
・早期発見・スクリーニング: 

 

GPT-4.1

1. 新規モダリティ(ADC/BiTE/二重特異性抗体/T細胞エンゲージャー)の台頭と実臨床への接近
・Tarlatamab(DLL3 BiTE)
・Patritumab deruxtecan, Datopotamab deruxtecan, Sacituzumab tirumotecan等のADC

2. 周術期・術前後治療の成熟化とバイオマーカー主導の個別化
・免疫チェックポイント阻害薬の周術期使用
・ctDNA/MRDによる微小残存病変モニタリング

3. ドライバー変異陽性肺癌の治療深化と耐性克服戦略
・KRAS G12C阻害薬の最適化
・希少ドライバー変異・耐性機序への挑戦

4. AI・デジタルパソロジー・リキッドバイオプシーの臨床応用加速
・AI病理診断・予後予測
・リキッドバイオプシー
・大規模言語モデル(LLM)の医療応用
・EHRからの自動抽出(11160)など、AIの医療情報処理応用も見られる。

5. 小細胞肺癌治療のブレークスルー
・BiTE/T細胞エンゲージャー/CAR-T
・免疫化学療法の最適化(IMforte: 8006, LBA8005, ASTRUM-005: 8093)も進む。

6. 健康格差・アクセス・社会的要因の重視
・人種・社会経済格差の分析と是正
・低中所得国(LMICs)の薬剤アクセス
・患者報告アウトカム(PRO)、QOL、支持療法

7. スクリーニング・早期発見・AI活用の拡大
・AIによるスクリーニング・診断支援
・リキッドバイオプシーによる早期発見

 

AIによる傾向分析の例 - Gemini 2.5 Proの出力


1. 新規モダリティの臨床実装と治療パラダイムシフトの加速

近年のADC(抗体薬物複合体)やBiTE(二重特異性T細胞誘導抗体)の目覚ましい開発は、本年も主要なテーマです。

 

Tarlatamab (DLL3 BiTE):

小細胞肺癌(SCLC)におけるTarlatamabの第III相試験DeLLphi-304 (LBA8008) は、最も注目される演題の一つです。NEJM等で報告されてきたBiTEのコンセプトが、難治性であるSCLCの治療を大きく変える可能性を秘めています。教育セッションでも取り上げられており(演題番号なし、演者: Luis G. Paz-Ares)、その重要性が伺えます。


次世代ADCの台頭:

Datopotamab deruxtecan (Dato-DXd): TROPION-Lung02 (8501) では進行非小細胞肺癌(NSCLC)の1次治療における pembrolizumab との併用、さらにプラチナ製剤との組み合わせが検討されており、TROP2 ADCの治療ラインナップ拡大が期待されます。

Patritumab deruxtecan (HER3-DXd): HERTHENA-Lung02 (8506) は、EGFR-TKI耐性NSCLCに対する新たな選択肢として、HER3 ADCの有効性を示す可能性があります。脳転移や髄膜播種に対するTUXEDO-3試験 (2005) の結果も注目されます。
Sacituzumab tirumotecan (Sac-TMT): EGFR変異陽性NSCLCに対するOptiTROP-Lung03 (8507) の結果は、EGFR-TKI後の治療戦略に影響を与えるでしょう。

その他の新規ADC/二重特異性抗体: EGFR x HER3 ADCのiza-bren (BL-B01D1) (3001, 3002)、B7-H3 ADC (3036, 8510)、PD-1/IL-2二重特異性抗体IBI363 (8509) など、多様な標的と作用機序を持つ薬剤の開発が進んでおり、これまでの治療抵抗性を克服する試みが活発です。

これらの新規モダリティは、Lancet Oncologyなどでその初期データが報告されてきたものが多く、今回のASCOでより大規模なデータや長期追跡結果が発表されることで、実臨床への導入が加速すると期待されます。


2. 周術期治療のさらなる進化と個別化


周術期における免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の役割は、NEJMやLancetで発表された大規模臨床試験により確立されつつありますが、本年もその知見を深める演題が多数あります。

 

術前・周術期ICIの長期成績:

CheckMate 816 (LBA8000) の全生存期間(OS)データ、CheckMate 77T (LBA8010) の更新解析は、術前・周術期ニボルマブ戦略の確固たるエビデンスとなるでしょう。
EGFR変異陽性NSCLCにおける周術期治療: NeoADAURA (8001) のオシメルチニブ±化学療法のデータは、このサブグループにおける最適な周術期治療戦略を考える上で非常に重要です。


ctDNA/MRDの臨床応用:

AEGEAN試験におけるctDNAダイナミクスと予後の関連 (8009) や、その他の演題 (2547, LBA8027, TPS8669) は、リキッドバイオプシーによる微小残存病変(MRD)モニタリングが、術後再発リスク層別化や治療介入時期の判断に貢献する可能性を示唆しています。これはJCOなどでも近年注目されている個別化治療の最前線です。

 

3. ドライバー遺伝子変異陽性肺癌治療の深化と拡大


既知のドライバー遺伝子変異に対する治療薬開発は継続しており、耐性克服や希少変異への対応が焦点です。

 

KRAS G12C阻害薬:

KRYSTAL-7 (8500) のアダグラシブ+ペムブロリズマブ併用療法、S1900E (8518) のソトラシブに関するco-mutationの影響、Sosimerasib (8520) の第II相試験結果など、KRAS G12C阻害薬の有効性を高める戦略や新規薬剤が登場しています。


EGFR変異:

EGFR-TKI耐性後の治療戦略として、前述のADCに加え、第4世代EGFR-TKI (TPS8650: JIN-A02) や、EGFR C797S変異対応薬 (TPS8661: WSD0922-FU) の開発が進んでいます。また、EGFR変異陽性例におけるアミバンタマブの適切な使用法と副作用管理に関する教育セッション(演者: Jennifer W. Carlisle)も設けられています。


希少ドライバー変異:

HER2変異 (SOHO-01: 8504, TPS8665: NVL-330)、MET exon14スキッピング変異 (Vabametkib: 8640)、ALK融合遺伝子 (NeoLAZER: TPS8119, ALKAZAR: TPS8666)、ROS1融合遺伝子 (Taletrectinib: 8643) など、各ドライバー変異に対する新規治療薬の開発が継続的に行われています。

 

4. AI、リキッドバイオプシー、デジタル技術の臨床応用加速


診断・治療効果予測におけるAIやデジタル技術の活用、リキッドバイオプシーのさらなる応用は、近年のJCOなどでも頻繁に取り上げられるテーマであり、本年も多くの発表があります。

 

AI・デジタルパソロジー:

PD-L1発現評価 (8535)、腫瘍微小環境の空間的解析 (1577, 8536, 8539, 8569, 8572)、予後予測モデル (1552) など、AIが病理診断や治療効果予測に貢献する可能性が示されています。


リキッドバイオプシー:

ctDNA/ctRNAを用いた早期発見、治療効果モニタリング、耐性機序解明に関する演題が多数見られます (2547, 3062, 8034, 8038, 8522, 8550, 8559, 8628)。教育セッションでも「ctDNA and Liquid Biopsies for Early and Advanced Lung Cancer」(演者: Heather A. Wakelee)として取り上げられています。


大規模言語モデル(LLM)の活用:

EHRからの臨床情報抽出におけるLLMの評価 (11160) など、新しい技術の医療応用も模索されています。

 

5. 小細胞肺癌(SCLC)における治療開発のブレークスルー


長年治療開発が難航していたSCLC領域でも、新たな治療アプローチが登場しています。

 

Tarlatamab:

前述の通り、LBA8008はSCLC治療に大きな影響を与えるでしょう。
その他の新規薬剤: ZG006 (CD3/DLL3/DLL3 TriTE: 8007, 8089)、MHB088C (B7-H3 ADC: 8510)、LB2102 (DLL3 CAR-T: 8104) など、多様な作用機序の薬剤開発が進んでいます。


免疫化学療法の最適化:

IMforte試験 (8006) のルルビネクチジン+アテゾリズマブ維持療法、限局型SCLCに対する化学放射線療法後のICI (LBA8005)、ASTRUM-005試験 (8093) のserplulimabなど、既存治療の改善や新たな併用療法の模索も続いています。

 

6. グローバルな視点とアンメットメディカルニーズへの挑戦

 

健康格差(Disparities):

人種間、地域間、社会経済的背景による治療アクセスや予後の格差に関する研究 (1598, 1599, 8037, 8042, 8068, 8079, 8102, 11048, 12029, 12030) が多く、これらの課題解決に向けた意識の高まりが伺えます。


低中所得国(LMICs)におけるアクセス:

ICIの価格設定に関する経済モデリング (1518) など、グローバルな薬剤アクセスに関する議論も重要です。


患者報告アウトカム(PRO)とQOL:

PROを活用した治療評価 (8620) や、緩和ケア、支持療法に関する研究 (1634, 12061, 12079, 12082) も継続的に行われています。


早期発見・スクリーニング:

AIを活用したスクリーニング (8055)、遠隔医療を用いたプログラム (1549)、資源制限下でのスクリーニング実施の課題に関する教育セッション(演者: Navneet Singh)など、早期発見への取り組みも多様化しています。

 

まとめと今後の展望


ASCO 2025の肺癌領域の演題は、NEJM、Lancet、JCOなどで近年報告されてきた周術期免疫療法の確立、ADCをはじめとする新規モダリティの台頭、リキッドバイオプシーの臨床応用拡大といった大きな流れをさらに加速させ、より個別化され、効果の高い治療法が次々と登場する期待感に満ちています。特に、Tarlatamabのような革新的な薬剤がSCLCのような難治癌の治療成績を大きく向上させる可能性や、ctDNAを用いたMRDモニタリングによる治療最適化は、今後の肺癌診療を大きく変えるでしょう。
一方で、これらの進歩をいかに公平に、世界中の患者さんに届けるかという課題も浮き彫りになっています。AIやデジタル技術の活用は、診断の効率化や個別化治療の推進に貢献する一方で、これらの技術へのアクセス格差という新たな問題も生み出す可能性があります。
本年のASCOは、肺癌治療におけるサイエンスの飛躍的な進歩と、それを社会実装するための課題解決に向けた議論が活発に行われる、非常に重要な学会となることが予想されます。