通貨制度を中心に世界のマクロ経済を観察してきたが、その延長上に暗号通貨が現れた。暗号通貨の市場規模は既に2兆ドル(仮想通貨市場の時価総額が2兆ドル越え 22ヶ月ぶりの水準に回復 | Cointelegraph | コインテレグラフ ジャパン)で東京証券取引所の3分の1だ。今年はじめブラックロック等の資産管理会社がビットコインのETF(exchange-traded fund、上場投資信託)を上場して、一般投資家にも注目されるようになった(ビットコインETF 機関投資家にも間口が拡大 米SECは上場承認も不信感 | 2024年 | 大崎貞和のPoint of グローバル金融市場 | 野村総合研究所(NRI))。先日の記事「ドルは崩壊しない:株式市場に裏付けられた通貨 - 精密医療電脳書」の主張は、ドルの価値は、株式市場で企業評価の指標になっていることによって維持されている、というものだ。ドルと同様、ビットコインも株式市場で流通することにより通貨としての価値が裏付けられるようになるのか、と考えたが、実際はそうではなかった。ビットコインは金Goldと似た資産となっている。この2ヶ月間暗号通貨について綿密に調べたが、我々の気が付かないところで将来の社会に向けた壮大な実験が行われていることがわかってきた。本稿では暗号通貨の分類について述べる。
暗号通貨の基盤技術:ブロックチェーン
ブロックチェーンはもともと暗号通貨ビットコインを実現するためにサトシ・ナカモトにより考案された技術である。ネットワーク上にある端末同士を直接接続し、取引の記録を分散的に処理・記録するデータベースの一種である。ブロックと呼ばれる単位でデータを管理し、それを鎖(チェーン)のように連結してデータを保管する。すべての暗号通貨はブロックチェーンにより管理されている。
一般の金融取引では銀行が介在するが、暗号通貨の取引では当事者が直接取引する。この取引記録にブロックチェーンが使われる。ブロックチェーンの特徴は、取引記録の改ざんが極めて難しいことだ。ブロックチェーンでは、いくつかの取引履歴をまとめてブロックをつくる。ブロック全体のデータのハッシュ値を計算し、次のブロックの先頭に書き込む。このように取引履歴データとハッシュ値からできたブロックを鎖のようにつなげたものがブロックチェーンだ。第三者がブロックチェーン上の取引履歴を改ざんすると、そのブロック以降のハッシュ値との整合性が取れなくなるため改ざんが発覚する(次の図)。整合性を取るためには、以降のブロックを全部改ざんする必要があり、莫大な計算量が必要なため現実的に不可能だ。このようなメカニズムで取引履歴の正確さが保証されるため、金融取引に使うことができる。ブロックチェーンは複数の場所にコピーを分散して保存可能なので、分散型台帳と呼ばれることもある。
取引の承認作業(ブロックの形成)は非中央集権的な方法で行われる。普通の金融取引は銀行が介在するが、ブロックチェーンの場合は不特定多数のネットワーク参加者の合意により取引の承認を行う。これがブロックチェーンの第二の特徴、コンセンサスアルゴリズムである。代表的なコンセンサスアルゴリズムにProof of Work (PoW)とProof of Stake(PoS)がある。PoWは複雑な計算が必要な課題を競争で行って最初に解答した者がブロックの形成を行う、という仕組みである。承認作業の報酬として暗号通貨が手に入る。PoWは計算機能力の高い者がブロックを作成する権利を得る確率が高い。これに対し、PoSでは保有している暗号資産の量や保有期間の長さに応じてその確率が高くなるようなしくみになっている。
ビットコインやイーサリアムではPoWが採用されているが、計算機パワーの競争になり、膨大な電気代が必要になる、という欠点がある。そのためイーサリウムの改良版(イーサリアム2.0)ではPoSを採用している。ただしPoSは暗号通貨の保有量でブロック形成権が決まるので、中央集権化のおそれがある。そのため様々なPoSの改良版が提案されている。
暗号通貨の分類:資産 asssets、技術 technology、遊び meme coin
暗号通貨はビットコインの論文がベースになっており、すべてブロックチェーン技術に基づいている。2008年のサトシ・ナカモトの論文以降、ブロックチェーン関連技術は、この15年長足の進歩を遂げている。しかし取引の中心は未だビットコインであり、新しい暗号通貨でも技術的に発展途上で完成にはまだ遠い。現在の暗号通貨は、ビットコイン、技術系、パロディやユーモアに基づいて開発されたミームコイン、の3つに分類できる。
資産 asset として確立した暗号通貨:ビットコイン
ビットコインは2008年サトシ・ナカモトが論文発表し、2009年に実装された。ドル、ユーロ、円などの現行通貨は法定通貨で国家権力に支えられている。ビットコインはそのアンティ・テーゼで誰からもコントロールされない非中央集権的な金融取引手段として提案された。現在の通貨の概念に当てはまらないので懐疑的に見られてきたが、次第に実際の取引に使われるようになった。それとともに価格が大きく上昇した:2009年に誕生当初の1ビットコインの価格は、1円以下だったが、現在1,000万倍以上も値上がりしている。
ビットコインに使われている技術は古く、金融取引の手段としては最新の暗号通貨には叶わない。しかし歴史的経緯から資産としての価値を確立している。金 Gold と比較するとわかりやすい。金は金属素材としての価値以上に資産としての価値がある。それは他の金属と違って安定で毀損しない性質があり、希少性があるため、長い人類の歴史の中で資産としての地位が確立した。ビットコインも取引履歴がすべてインターネット上の分散型台帳に未来永劫保存されるため、価値が毀損しない。発行量に上限があり、すでに高い価値を持っているため、金と同様の資産assetsとしての性質を持っている。金と同じく株式や債券とは非相関の値動きをするため、市場からのニーズも高く、それに応える形でブラックロックなどの資産管理会社がETFを発行することになった。
暗号通貨が金のようなコモディティなのか、株式と同様の証券なのか、は金融規制上大きな問題となっているところだ。多くの暗号通貨は暗号通貨市場への上場時の売却により資金調達を行っている。そのため株式と同様証券である、という解釈だ。ビットコインは歴史と現状からみて、コモディティとすることに議論の余地はないが、他の暗号通貨では個々の事例で異なってくるだろう。米国証券取引委員会はビットコインとイーサリアムについてはコモディティとする判断を行っている。
技術系の暗号通貨
イーサリアム
イーサリアムの構想は2013年にヴィタリック・ブテリンにより「Ethereum white paper」と書かれたのが始まりで、ギャビン・ウッドにより学術的な整理がなされた。イーサリアムにはスマートコントラクトという機能がある。スマートコントラクトを簡単に要約すると「ユーザーが一定の行動を取った場合、予め決められた動作を自動的に実行するプログラム」で、いわば契約の自動実行プログラムである。イーサリアムでは、金融取引以外にスマートコントラクトの履歴をブロックチェーンで保存することができる。暗号通貨の機能はスマートコントラクトにより大きく拡張されることになった。
ブロックチェーンには「セキュリティ」「分散化」「スケーラビリティ」の3つの要素があるが、この3つを同時に向上させることは極めて難しい。これをブテリンは「ブロックチェーンのトリレンマ」と呼んだ。ビットコインとイーサリアムではスケーラビリティの問題が大きい。トランザクション(承認作業)のスピードが遅く、需要の急増に追いつかなくなった。その解決策としてイーサリアムでは、イーサリアムの外部でブロックチェーンを用いないで(オフチェーン)、あるいは別のブロックチェーン(サイドチェーン)でトランザクション処理の一部を行い、その結果をイーサリアムへ返す仕組みが用いられている。ビットコインやイーサリアムのような本来のブロックチェーンはレイヤー1、レイヤー1を補助する仕組みをレイヤー2と呼ぶ。
ソラナ
スケーラビリティの問題を解決するレイヤー1として登場した暗号通貨がソラナだ。Anatoly Yakovenkoにより開発され、2020年に発足した。 イーサリアム1.0は最大で30TPS(transaction per second、一秒あたりのトランザクション数)だが、ソラナは5万TPS以上処理できる。世界的な決済機関であるVisaは、65,000TPSを処理できるので、ソラナはほぼ実社会で通用するレベルに達している。またコストも低く、イーサリアムは1取引あたり0.09ドルに対し、ソラナのでは1取引あたり0.0000014ドルだ。総経済価値でソラナはイーサリアムに追いつきつつある(ソラナのトランザクション手数料とMEVの合計値、今週中にもイーサリアムを上回るか | Cointelegraph | コインテレグラフ ジャパン)。
その他の技術系暗号通貨
技術系暗号通貨にはブロックチェーンによる分散情報処理を狙ったものがある。例えば、分散データストーレージ(ファイルコイン)、分散コンピューティング(インターネット・コンピューター)、分散レンダリング(レンダー)、グーグル等特定企業に依存しない非中央集権的なブロックチェーンデータ検索技術(グラフ)など。分散処理の維持活動に対し、報酬として各暗号通貨が支払われる。
ミームコイン Meme coin
サトシ・ナカモトの論文に書かれたとおりにブロックチェーンを実装すると簡単に仮想通貨を作ることができる。そのため遊び感覚で多くの暗号通貨がつくられている。パロディやユーモアに基づいて開発された暗号通貨をミームコインという。代表的なミームコインは犬を題材にしてつくられたもので、ドージコインとシバイヌコインがある。時価総額はドージコインが9位、シバイヌコインが13位で、ほとんどのレイヤー1,2を含む技術系暗号通貨よりも大きい(さすがにビットコイン、イーサリアム、ソラナは1位、2位、5位でミームコインよりも大きい)。最近ではトランプ大統領を題材にしたミームコインが暴騰暴落を繰り返して話題になった。
まとめ
米国で暗号通貨を所有する人は5000万人で、その市場規模は既に2兆ドルを越え、東京証券取引所の3分の1に達している。大規模のキャッシュが実体経済や株式市場と直接関係ないところで動いていることは驚異だ。この市場では金融取引、デジタルデータにリンクした実物の取引が、新しい技術を使って実験的に行われている。暗号通貨市場で生き残った技術が将来実社会に実装されると予想されるので、未来を見たければ暗号通貨を無視することはできない。
現在の暗号通貨は、ビットコイン、技術系、パロディやユーモアに基づいて開発されたミームコイン、の3つに分類できる。重要なものは、ビットコイン、イーサリアム、ソラナなどレイヤー1という中核になる暗号通貨だ。最新のソラナでも解決すべき課題が多く、新しいレイヤー1が必要だ。