精密医療電脳書

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新型コロナウイルス変異株に対するファイザーワクチンの効果

2021年5月13日に一流のワクチン開発者が現在のRNAワクチンについて警鐘を鳴らしていることを紹介した。

precision-medicine.jp

ギアート・バイデン・ボッシュGoert Vanden Bosche博士の警告を重要視する理由は3つほどある。

1.アカデミアの研究者は公開情報のみに基づいて研究や発言をしているが、製薬企業の研究者は非公開の機密情報を知っている。機密情報はNDAにより外部に漏れることはない。

2.アカデミアの研究者は研究資金の審査の関係上2−5年で成果を出す必要があるが、企業での開発には10年は必要、シーズからであれば40年かかってもおかしくはない。このような背景から両者の間には時間に関して思考バイアスがあり、アカデミアの研究者は概して長期的視点が弱い。また、パブリックには企業研究者は発言しにくいため、アカデミアの研究者の意見が優勢になる。

3.10年以上IRBで治験の審査に携わっていたが、初期の有害事象はあまり当てにはならない印象を持っている。

変異株とワクチンの関係については、注視すべきである。新型コロナウイルス変異株には多数の変異株があるが、医学的に重要なもの、すなわちパンデミックを起こしている変異株は Variant of concern (VOC)(「懸念のある変異株」)とよばれ、現時点では英国株 B.1.1.7 、南アフリカ株 B.1.351、インド株 B.1.617.2 が VOC にあたる。英国株の流行は2021年1月中旬に始まり3月第1週にはピークに達した。南アフリカ株は2021年3月中旬に急拡大を始め、現在も拡大中である。インド株は2020年12月に発見されずっと頻度が低かったが、2021年3月初旬に主要な変異株となり、以降多くの国に広がった。英国ではすでに英国株を抜いて最も頻度が高い(ワクチン接種のせいだと思うが、感染者数そのものは少ない)。

ファイザーワクチンBNT162b2 の効果に関しては、カタールとイスラエルでの研究がある。いずれも症例対照研究である。カタールの研究はtest-neagtive designで、ウイルス感染で受診した人を対象としている(1)。有効率は、英国株で89.5%(95%信頼区間 85.9−92.3)、南アフリカ株で75.0%(70.5−78.9)であった。南アフリカ株ではかなり低いが、重症化/死亡回避に対する有効率も計算していて97.4%(92.2−99.5)で、こちらの方は極めて良い。感染防御の点で、南アフリカ株は問題があるが、肝心の重症化回避の点では効果が落ちていないので、実質上現在のワクチンで問題はない。

イスラエルの研究は、新型コロナウイルスに感染した患者について、背景情報を揃えたワクチン接種者と非ワクチン接種者のペアをつくり、ウイルス株間で違いを評価した症例対照研究である(2)。イスラエルでは英国株が多数を占めており(80−90%以上)、次に野生型、その次が南アフリカ株である。ワクチン1回目接種後2週間から2回目接種後1週間までの患者(部分効果群)と2回目接種後2週間以降の患者(完全効果群)の2つの集団について検討している。完全効果群で南アフリカ株は他の株と比較して多かったが(オッズ比8:1,p=0.02)、部分効果群では差はなかった。英国株は部分効果群でやや野生型に対して多かった(オッズ比26:10,p=0.006)。ワクチン接種が完全に行われた場合、南アフリカ株が感染しやすい可能性が示されたが。南アフリカ株の感染者数が少ないため、この研究では感染予防効果はわからない。

 ファイザーワクチン BNT162b2 は、これまでの変異株には効果があるが、これから出現する変異株のことはわからない。免疫の詳細なメカニズムは専門外なのでわからないが、ワクチンが広範囲に接種されれば選択圧が働いて、ワクチン耐性の変異株が出現することは極めて起こりうることだ。これまでの変異株はワクチン以前に出現していた株なので、ウイルスがワクチンを回避する方向には進化していない:2021年になってから出現したウイルスに注意すべきだ。COVID-19は重症化患者がいない、あるいは頻度がずっと少なくなると、ただの風邪になる。感染率と重症化率は別の因子なので、重症化しない高感染性の変異株の場合は問題はないが。

 

追記(2021年5月24日);本日朝のBS世界のトップニュースでインド株に対するファイザーワクチンの有効率に関する報道があった。2回接種後の有効率88%とのことである。インド株にも強い予防効果がある、ということだ。

 

文献 

1. Abu-Raddad, L.H., Chemaitelly, H., Butt, A.A. Effectiveness of the BNT162b2 Covid-19 Vaccine against the B.1.1.7 and B.1.351 Variants. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2104974. DOI: 10.1056/NEJMc2104974

2. Kustin, T., Harel, N., Finkel, U. et al. Evidence for increased breakthrough rates of SARS-CoV-2 variants of concern in BNT162b2 mRNA vaccinated individuals. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.04.06.21254882v2. DOI: 10.1101/2021.04.06.21254882