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アビガンの抗インフルエンザ作用 〜 臨床試験と動物実験

現在アビガンの新型コロナウイルス感染症に対する臨床試験が続けられているが、インフルエンザに対してはどの程度効くのだろうか。

 

アビガンの作用機序

アビガンはレムデシビルと同じくウイルスのRNAポリメラーゼ阻害剤(図1)であり、ウイルスゲノムの複製を妨害する。コロナウイルスとインフルエンザウイルスは、動物細胞のゲノムがDNAでできているのに対して、両方ともゲノムはRNAである。そのためウイルス自身ゲノム複製用の酵素を持っている。なおアビガンは商品名で、レムデシビルは一般名(有効成分の名称)であり、アビガンの一般名ファビピラビルと呼ぶべきだが、アビガンのほうが定着しているので、ここではアビガンと呼ぶ。

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図1.アビガン(ファビルピラビル)(左)とレムデシビル(右)の構造。


2つの構造は一見違うように見えるが、ファビピラビルはプロドラッグ(投与後代謝されて別の化合物になってから働く薬剤)で、体内でリン酸化されて活性型になるため(図1、レムデシビルの楕円で囲った部分がつく)、両者とも似た構造の核酸アナログとして働く。RNAポリメラーゼがウイルスゲノムを複製するときに、基質(A, C, G, U)のかわりに誤って取り込まれ、複製を止める。その結果ウイルスの増殖がとまるわけである。但し、ヒト細胞のポリメラーゼも阻害するので、人には無害でウイルスのみ害する使用量を調べなければならない。

 

臨床試験

新しい薬剤候補は、まず健常人に投与して安全性を確認する。投与量をごく少量から増やして安全な薬剤量を決める(第I相試験)。次に少数の患者に対して、効果があるのか、副作用にどのようなものか、そして最適な投与法について調べる(第II相試験)。第II相試験で有望な結果が得られた場合、多数の患者を対象にして薬剤候補の効果、副作用を検証する試験を行う(第III相試験)。第III相が本番で、通常無作為化対照試験(randomized control trial, RCT)である。第III相試験では、患者を新しい薬剤を使うグループと従来の薬剤を使うグループ(プラセボ 〜 有効成分を含まない薬剤、偽薬 〜 を使うことも多い)を比較するが、グループ分けを完全に無作為に行うのがRCTである。治療効果に影響を与える因子があって、その因子を持った患者がたまたま新規薬剤候補群に多い場合、実際は薬剤の効果がなくても試験では効果があるように見える(このような因子を交絡因子という)。RCTでは交絡因子の影響を理論上完全に排除することができる。第III相試験ではRCTを二重盲検で行うことが多い。二重盲検は試験に参加する医師も患者も、どちらの治療を受けているのか、わからない試験である。これは医師の態度から、患者がどちらの治療法を受けているか察知する事があるためである。

アビガンの臨床試験について図2にまとめた。第I/II相試験と第II 相の参考試験、そして3つの第III相試験が行われている。

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図2.抗インフルエンザ作用に関する臨床試験。抗インフルエンザ作用があった試験のp値を赤字にした。


第I/II相試験では2つの投薬プロトコールとプラセボの計3群を比較している。効果判定はp値で行う。p値は「効果がないのに効果がある確率」で、統計学では第一種の過誤と云い、0.05あるいは0.01以下であれば統計学的に有意、と判定する。プラセボ群と比較して、統計的に効果あり、と判定できたのは1800mg/800mg BIDのみである。この結果に基づき1800mg/800mg BIDを用いた第III相試験が3つ行われた。2つはプラセボ対照RCTだが、試験①のみ効果がみとめられた。残りの一つはタミフル(一般名はオセルタミビル)との比較試験だが、この試験はタミフルに対する非劣性、薬剤効果がタミフルには劣らない、ことを検証する試験として計画された。この試験の結果はp=0.007で、明確にタミフルに劣る、という結果が出た。3つの試験のうち1つしか抗インフルエンザ効果が認められなかったが、原因としては患者集団の違い、が考えられる。試験①の患者集団には、他の2つの試験の集団とは異なる何らかの性質があって、実験①のみ有意差があった可能性が高い。また第II 相の参考試験でも抗インフルエンザ効果は認められなかった。結論としてはアビガンには抗インフルエンザ作用がないわけではないが、結構微妙で、タミフルほどには効かない、というところである。

この結果に基づき、厚生労働省はアビガンを承認したが、それはあくまでパンデミックに備えた備蓄用であり、しかも他の抗インフルエンザ薬が効かない場合のみ放出、という条件付きである。またタミフルに関しては、RCTのみに絞ったメタ解析で罹病期間短縮効果は7日を6.3日程度であることが判明し、近年タミフルに対する評価が下がってきている。2009年にWHOの必須医薬品の一覧に追加されたが、2017年に「補足的な薬」に格下げ、今後は医薬品リストからの除去も示唆されている。

 

動物実験

動物実験は臨床試験に先んじて行われていて、抗インフルエンザ作用が確認されているが、問題はどのくらいの薬剤量を使っているか、ということである。マウスの実験の結果を図3にまとめた。用量は30−60mg/kg/日なのでヒトの体重を50kgとすると1500−3000mg/日になる。また幼若イヌに60mg/kg/日で投与した場合、20日以降に死亡した例がある。ヒトへの投与量は動物実験の半分の量であり、動物実験での効果が再現できなくても不思議ではない。

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図3.抗インフルエンザ作用に関する動物試験。

 

抗新型コロナウイルス作用に関する臨床試験

インフルエンザに対するアビガンの効果が微妙なことから新型コロナウイルスに対する有効性も気になるところだが、現在行われている2つの医師主導臨床研究はどちらもRCTではない。メーカーの企業治験が6月末終了予定、ということらしいので、結論はその時にでる。

日本医師会有識者会議がコロナ治療薬「特例的承認」に懸念表明しRCTの重要性を説明していたので、一安心しているところである。

なお、新型コロナウイルスの正式名称は、病気がCOVID-19(corona virus disease 2019)、ウイルスがSARS-CoV-2である。

 

情報ソース;アビガン添付文書