精密医療電脳書

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長い2020年上半期 〜 新型コロナウイルス所感

NSF(National Science Foundation)の 研究者 Philip Gable らは、パンデミックの最中のアメリカ国民の感情、認識、行動を記録するスマホのアプリを開発し、人々の時間感覚がどのようにかわったのか、そしてその原因を調査した(「新型コロナウイルスによるSTAY HOME期間中、人々の時間に対する体感速度は変化していた!」)。約50%の人々は「時間が過ぎるのが遅い」と回答、約25%は「時間が過ぎるのがいつもより早い」と回答、残りは「時間の流れに変化はない」と回答した。これらの違いは感情と密接に関係しており、「時間が過ぎるのが遅い」と感じた人々は最もストレスや不安を感じていたが、「時間が過ぎるのが早い」と回答した人々は、幸せを感じていた。

私の場合体感時間が伸びて「時間が過ぎるのが遅い」と感じたが、とくにストレスや不安があったわけではない。2月後半から5月にかけて約3ヶ月間、ずっとウイルス学と新型コロナウイルスについて集中して知識と情報を収集していたためであろう。学生の時以来、これだけ集中して勉強したことはなかった。新型コロナウイルスは多分一生に一度しかない大事件であり、医学を修める者にとって(intellectualな意味で)貴重な体験である。ブログにもいくつか記事をかいたが、最終日が6月10日なので、そのときには大体納得して、本業(がん)に戻っていたと思う。大学では、ウイルス感染症に関する講義を5月上旬に行った。普段の講義とは違い、映画を見るように集中して聴いた学生も多く、内容の一部はブログでも紹介している。

メディアでは、専門家非専門家入り乱れて、いろいろな意見がある。明らかに専門家でない人が専門家として意見を述べたり、専門家でもポジショントークをする人がいるので、情報が錯綜し、一般の人達は混乱していると思う。ひどい意見もあれば、真っ当なものもある。しかしながら、現在の情報の殆どは、真っ当かどうかにかかわらず、仮説の段階で、科学的に立証されたものではない。例えば、「マスクが感染を防止する」ということすら科学的には立証されていない。状況証拠から、多分間違ってないだろう、と推察しているのであって、科学的な証明はない。WHOに対するマスクに対する評価が、最初は否定的で、途中から肯定的になったのは、やむをえないことである。説明すると、例えば米国ではマスクをしない人が多いため感染者が多く、日本ではマスクをするので感染者が少ない、という議論は科学的には成立しない。なぜなら、米国と日本ではマスク以外に多くの相違点、例えば人種や生活習慣など、があり、他の要因の可能性を除外できないからである。人の集団についての仮説を検証する標準的な手続きは確立していて、例えばマスクの場合であれば、日本人を2つのグループに分け、一つのグループの人にはマスクをしてもらう、もう一つのグループの人にはマスクをしないでいてもらう。そして一定期間観察して、2つのグループで新型コロナウイルスの感染頻度を比較する。マスクをする人のグループで感染者が少なければ、マスクに感染予防効果あり、ということになる。現実問題としては、このような試験は非倫理的なのでできない。

ただし、現在開発中の治療薬やワクチンではこの手順で最終評価が行われる。いわゆる第三相臨床試験である。第三相臨床試験では、上記の手順に加えて、対象者のグループ分けを完全無作為(サイコロを振って決めるようなもの)で行う。すなわち、無作為に治療薬あるいはワクチンを投与する人と投与しない人に分けて試験するわけである。ごく最近の例では中外製薬のアクテムラがある。もともと抗リュウマチ薬だが、免疫学的に新型コロナウイルス肺炎の重症患者治療に効果がある、と考えられていた。これは極めて真っ当な仮説である。実際、中国では、20人中19人回復、日本でも羽曳野病院で7人中5人回復、という成績が得られていた。ところが海外での第三相臨床試験の結果、効果がない、ということがわかった。第三相臨床試験が最終結論で、中国や日本の成績は単なる偶然、ということである。

ワクチンに関しては、ファイザーとベンチャー企業の組み合わせが現れるだろう、と予想していたが、その通りになった。この業界は体力(資金力)で何事も決まるので、利益が上がる場合は、グローバル製薬企業が必ず参入してくる。特にファイザーは資金力が突出しているので、多分参入してくるだろう、と考えていた。以外だったのはRNAワクチンで、これほど性能が向上しているとは思わなかった。私の予想は、アストラゼネカのようなウイルスベクターワクチンがセットアップしやすので最初に現れるが、本命は精製スパイク蛋白だと考えていたが、RNAワクチンで十分かもしれない。FDAのワクチン承認ガイドラインは感染または重症化制御の目標有効率が50%である。かかる確率が半分になる程度の効果目標で、インフルエンザワクチンと同程度である。第三相臨床試験の規模が通常のワクチンと比べて小さくなるので、副作用の評価が甘くなるという問題もある。M3.com(医師専門の情報サイト)を読んでいると、ワクチンができても接種しない、という医師が多い。

いずれにせよ、新型コロナウイルスに関してはわからないことがほとんどで、その中感染症対策方針を立てている旧専門家会議の先生方には感心する。