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PI3K/AKT/mTORC1情報伝達系阻害剤(乳癌):エベロリムス vs alpelisib

エストロゲン受容体陽性乳癌にはホルモン療法を行うが、耐性を回避することは難しい。アロマターゼ阻害剤治療歴のあるエストロゲン受容体陽性HER2陰性転移性乳癌(ER+ HER2- mBC)にはPI3K/AKT/mTORC1情報伝達系阻害剤を選択できるが、2つの治療オプションがある。ひとつはmTORC1阻害剤エベロリムス everolimus (商品名:アフィニトール Afinitor)とステロイド系アロマターゼ阻害剤エキセメスタン exemestane の併用である。いまひとつは、PIK3CA阻害剤 alpelisib とエストロゲン受容体完全拮抗薬フルベストラント fulvestrant の併用である。なお、alpelisibは国内未承認である。

 

PI3K/AKT/mTORC1情報伝達系

PI3K/AKT/mTORC1情報伝達系は細胞周期の調節に重要な細胞内シグナル伝達系で、癌細胞で異常が頻繁にみられ、代謝、増殖、運動能等に重要な影響を及ぼす。この情報伝達系の概略を図1に示す。

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図1.PI3K/AKT/mTORC1情報伝達系。Vernieri et al. 2020 より。

チロシンキナーゼ受容体やGタンパクカップリング受容体からのシグナルにより、PI3K (phosphoinosidide 3-kinase) は PIP2 (phosphatidylinositol (4,5)-bisphosphate (PI(4,5)P2) を PIP3 (phosphatidylinositol (3,4,5)-trisphosphate) に変換する。PIP3はセリン/スレオニンキナーゼ AKT を細胞膜に固定、それによりAKT はセリン/スレオニンキナーゼ mTORC1(mechanistic target of rapamycin complex 1) を活性化する。mTORC1 は一連のタンパク質の活性化により、タンパク質の合成、細胞増殖を促進する。なお、mTORC1の経路は腫瘍抑制遺伝子であるPTENやLKB1による抑制制御を受ける。

PI3KはmTORC1だけでなく、MAPK (Mitogen-activated protein kinase) 系やエストロゲン受容体 (estrogen rcceptor alpha, ER) 系も活性化する。

乳癌では約70%の患者でPI3K/AKT/mTORC1系が活性化しているが、40%はPIK3CAの変異である。PI3K には3つのクラスがあるが、癌で異常が認められるのはクラス I であり、クラス I の一つ、α isoform の触媒サブユニットがPIK3CAである。

 

エベロリムスと alpelisib の臨床試験成績

臨床的有効性

エベロリムス everolimus は、2014年に手術不能あるいは転移性乳癌への適用拡大が国内で承認された。alpelisibは、2019年にアロマターゼ阻害剤治療後エストロゲン受容体陽性HER2陰性PIK3CA変異陽性閉経後あるいは男性進行乳癌に対して米国で承認された。日本国内では未承認である。両者の無作為割付二重盲検第 III 相試験の結果を図2に示す。

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図2.mTORC1阻害剤エベロリムスとPIK3CA阻害剤 alpelisibの第III相臨床試験。SOLAR-1の成績はPIK3CA変異陽性患者のもの。括弧内95%信頼区間。

BOLERO-2の対象患者は、非ステロイド系アロマターゼ阻害剤の治療歴がある閉経後ER+ HER2- mBC患者。主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)である。SOLAR-1の対象患者はアロマターゼ阻害剤治療歴がある閉経後ER+ HER2- mBC患者(571名)と男性患者(1名)。登録患者をまずPIK3CA変異状態でグループ化し、それぞれのグループを無作為割付でalpelisib+フルベストラント群とプラセボ+フルベストラント群に分ける。主要評価項目はPIK3CA変異陽性群のPFSである。どちらも対照群と比較して有意なPFS延長が認められた。

PIK3CA変異との関連性だが、BOLERO-2の場合、陽性患者ではハザード比(hazard ratio, HR)0.51(95%信頼区間 0.34−0.77)、陰性患者ではHR 0.37(0.25−0.55)でどちらの群も効果があった。SOLAR-1の場合、PIK3CA変異陰性患者のPFS中央値は7.4(対照群5.6)、HR0.85(0.58−1.25)で、対照群との間に有意差はなかった。Alpelisibは変異による選択が必須である。

 

有害事象

2つの臨床試験の有害事象を図3に示す。グレード3/4の有害事象はBOLERO-2 とSOLAR-1 の実験群でそれぞれ42%、76%;対照群で9%、35.5%で、SOLAR-1で明らかに頻度が高い。特に顕著なのは高血糖症で、SOLAR-1 実験群の36.6%に認められた。

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図3.BOLERO-2とSOLAR-1の有害事象。“/,” 当該試験では評価せず; a、aspartate aminotransferase;b、alanine aminotransferase。Vernieri et al. 2020 より。

 

Vernieriらの見解

エベロリムスは、すでに標準治療として確立した治療法である。別個の臨床試験から結論を引き出すのは困難だが、PIK3CA変異に依存しない、有害事象が少ない、PFS改善は同程度、という3点で、エベロリムスに利点がある。現時点では、alpelisibの選択を正当化するのは難しい。

 

コンパニオン診断

PIK3CAの主要変異部位は、H1047R (エクソン20、キナーゼ領域)、E542K、E545K(エクソン9)、C2領域の欠失、である。Alpelisib のコンパニオン診断薬として、FoundationOne CDx と therascreen PIK3CA RGQ PCR Kit がFDAの承認を受けている。

 

本稿は次の文献に基づいて構成している。

Claudio Vernieri, Francesca Corti, Federico Nichetti, Francesca Ligorio, Sara Manglaviti, Emma Zattarin, Carmen G. Rea, Giuseppe Capri, Giulia V. Bianchi & Filippo de Braud. Everolimus versus alpelisib in advanced hormone receptor-positive HER2-negative breast cancer: targeting different nodes of the PI3K/AKT/mTORC1 pathway with different clinical implications. Breast Cancer Research 2020 22: 33. DOI: 10.1186/s13058-020-01271-0