
Xアカウント“The Reckoning”にトランプ大統領の関税発表に際して行われたベッセント財務長官の人民元空売り戦略についての記事があった。メディアでは報じられていない内容だが、トランプ高関税政策の核心を突いている。この記事は、今回の高関税政策が中国をターゲットにしたことを明確に示している。ここでは“The Reckoning”の記事をまとめた後、中国市場の動きについて紹介する。
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“The Reckoning”の解説はGPT-4.1でまとめた。中国市場の調査にはPerplexityとGPT-4oを用いた。
1. イングランド銀行に対するポンドの空売り(ブラック・ウェンズデー)
1992年9月16日、いわゆる「ブラック・ウェンズデー」として知られる歴史的な金融事件が起こった。この事件は、ジョージ・ソロス率いるソロス・ファンド・マネジメントがイングランド銀行(Bank of England)を相手取り、英国ポンドを大規模に空売りしたことで、最終的に英国が欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱するに至ったものである。この作戦の中心人物の一人がスコット・ベッセントであり、彼のリサーチと現場感覚が作戦の成功に大きく寄与した。
背景
1990年代初頭、英国はERMに参加していた。ERMは、欧州諸国の通貨を一定の範囲内で安定させることを目的としていた。しかし、英国経済は当時深刻なリセッション(景気後退)に陥っており、失業率も高く、住宅ローンの多くが変動金利であったため、金利の上昇が家計に直撃する状況であった。
英国政府はポンド安を防ぐため高金利政策を維持せざるを得なかったが、これが国内経済の回復を著しく妨げていた。こうした矛盾が、通貨防衛政策の持続可能性に疑問を投げかけていた。
ベッセントの役割
1991年、スコット・ベッセントはソロス・ファンド・マネジメントに入社し、翌年にはロンドン支社の責任者となった。彼は英国市場に精通しており、現地の経済状況や政策決定の動向をリアルタイムで把握できる立場にあった。
べセットは、英国経済の脆弱性に関する詳細なリサーチを作成した。その主なポイントは以下の通りである。
英国の住宅ローンの90%が短期変動金利に連動しているため、金利上昇は家計に即座に悪影響を与える。
英国経済はリセッション下にあり、景気回復のためには本来金利を下げる必要があるが、ERM防衛のためには高金利を維持しなければならない。
ドイツの中央銀行(ブンデスバンク)はポンドを支援する意志が薄い。
べセットのリサーチは、ソロスおよびスタンリー・ドラッケンミラーが構築していたマクロ経済的な空売り戦略を補強するものであった。彼はソロスの「目と耳」として、現地の情報をリアルタイムで提供し、作戦のタイミングや規模の決定に重要な役割を果たした。
空売りの実行
ソロスは当初15億ドル相当のポンドを空売りし、状況を見ながらポジションを拡大していった。最終的には100億ドル規模にまで達した。決定的なトリガーとなったのは、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)のシュレジンガー総裁が、ポンド支援の意思がないことを示唆したことである。
この情報を受けて、ソロスは一晩で空売りポジションを劇的に増加させた。イングランド銀行はポンド防衛のために外貨準備を投じ、金利も二度にわたり引き上げたが、市場の売り圧力には抗しきれなかった。イングランド銀行の外貨準備は有限であり、空売り勢力の前に防衛は不可能となった。
最終的に英国はERMから離脱し、ポンドは大幅に下落した。ソロス・ファンド・マネジメントはこの取引で10億ドル以上の利益を上げたと言われている。
まとめ
べセットの最大の貢献は、英国経済の構造的な弱点を詳細に分析し、それを現地でリアルタイムに監視し続けた点にある。彼の情報と分析がなければ、ソロスの大胆な空売りはこれほどまでにタイミング良く、かつ大規模に実行されなかったであろう。べセットは、マクロ経済の理論と現場の実態を結び付ける「現場型リサーチャー」の先駆けであり、ブラック・ウェンズデーの成功の陰の立役者であったのである。
2. 対中国人民元のショートと高関税政策
近年、米中間の貿易摩擦が激化する中で、再びスコット・ベッセントの名前が注目を集めている。2024年の米大統領選でトランプが再選され、ベッセントが財務長官に指名されたことで、米国は中国に対して大規模な関税政策を発動した。市場では、これは新たな「ベッセント・ショート」ではないかとの観測が広がっている。
背景とタイミング
空売り戦略において、タイミングは極めて重要である。今回のケースでも、トランプ政権とベッセントは周到な準備を重ねていた。
2024年11月5日:トランプ大統領が再選
11月11日:中国が2025年の市場休場日を発表
11月22日:トランプがベッセントの財務長官指名を発表
これらのイベントは一見無関係に見えるが、実は巧妙にリンクしている。中国の市場休場スケジュールを把握した上で、米国側は中国市場が閉じている間に大規模な政策変更を発表し、市場の混乱を最大化する戦略を採った。
具体的には、2025年4月2日にトランプ政権は「精緻な相互関税」を発表すると見せかけ、実際には30%以上の超高関税を突然発表した。このタイミングは、中国市場が休場に入る直前であり、米国の投資家は中国側が反撃する前にポジションを調整する2日間の猶予を得た。一方で、中国当局は即応できず、為替市場や株式市場は混乱に陥った。
ステルスと情報戦
ベッセントの戦略の特徴は「ステルス性」にある。事前に攻撃(ショート)が行われていることを相手に悟らせず、臨界点で一気に仕掛ける。今回の関税政策も、表向きは「精緻な調整」とアナウンスしつつ、実際には予想外の大規模関税を発表することで、市場にサプライズを与えた。
その結果、メディアや市場関係者の間では混乱が広がり、関税率の算出根拠を巡って憶測が飛び交った。情報の錯綜と混乱は、米国側が意図的に仕掛けたものであり、ベッセントは情報戦の巧者としてその中心にいた。
米国の優位性
ベッセントは財務長官として、米国政府の経済データやインテリジェンス情報にアクセスできる立場にある。中国経済の脆弱性、特に不動産市場の混乱や成長減速、外貨準備の減少など、内部事情を詳細に把握している。こうした情報を基に、米国側は人民元の防衛が困難であることを見抜き、関税攻勢と並行して金融市場でも人民元売り(ショート)を仕掛けた可能性が高い。
作戦の構造
今回の「ベッセント・ショート」は、単なる為替市場での空売りではなく、外交・経済政策と金融市場を連動させた複合的な作戦である。米国の高関税政策によって中国経済への圧力を強めると同時に、人民元の下落を誘発し、グローバル投資家に中国資産からの資金流出を促す。これにより、中国当局は人民元防衛のために外貨準備を取り崩す必要に迫られ、通貨防衛が長期的に持続不可能となる。
この構造は、1992年のポンド空売りと驚くほど似ている。すなわち、「外部からの圧力(関税・市場売り)」と「内部の脆弱性(不動産・成長鈍化)」を同時に突くことで、相手国の通貨防衛を困難にする戦略である。
まとめ
ベッセントの中国人民元に対するショートは、従来の金融取引を超えた「政策と市場の連動」による高度な作戦である。彼は過去の英国ポンド空売りで培った経験と、米国政府の情報力を活用し、中国経済の弱点を的確に突いた。
3. ベッセント・ショート後の中国株式市場と人民元
中国株式市場
ベッセント・ショートの後、中国政府は上海及び香港の市場の暴落を防ぐために介入した。中国政府系ファンド(SWF)、中国投資(CIC)傘下の中央匯金投資は7日、中国株の保有を増やし、市場の安定を守ると表明。「中国資本市場の発展見通しを強く楽観しており、A株の現在の投資価値を十分に認識している」とした(中国株、貿易戦争懸念で急落 「国家隊」が買い支え | ロイター)。香港市場でも同様の買い支えが予想された(中国・香港株式市場・前場=中国堅調、国家支援が米関税の影響相殺 香港は下落 | ロイター)。
人民元
ロイターによると、トランプ大統領の関税発表後、人民元はドルに対してわずかに下落している。中国政府は人民元の安定を保つために様々な介入策を講じている。これには、米国の関税強化に対抗するための戦略的な元の操作が含まれている。特に中国人民銀行は、元の対米ドルの基準交換レートを設定し、取引バンドの中間値をわずかに下げ、安定性を確保しようとしていた(China Battles to Stabilise Yuan After Trump's Tariffs)。
中国の中央銀行は、国有銀行に対してドル購入を減らすよう求めており、急激な元の下落を許可しない意向を示している(Yuan is strategic barometer for China post-tariffs)。また、4月の中国の製造業活動は16か月ぶりの低水準に落ち込んでおり、これは貿易関税の影響を強く受けてた結果である(China’s factory activity drops to 16-month low in April as trade tariffs bite)。これに対応するために、中央銀行は、元の管理可能な範囲での乱高下を避けながら、必要に応じて元を意図的に弱体化させている(How will tariffs impact China’s growth outlook? | J.P. Morgan Research)。
4. 考察
トランプ政権の関税政策発表により、中国株式市場と人民元に大きな影響があったことは確実である。ベッセント・ショートは意図的な人民元破壊工作であるため、表面的には見えない大きなダメージの増強効果があっただろう。今後の展開次第では、人民元市場にも「ブラック・ウェンズデー」に匹敵する歴史的な変動が起こる可能性がある。
超高関税の発表やベッセント・ショートから、今回のトランプ政権の関税政策は中国がターゲットであることはほぼ間違いはないだろう。