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スヴャトスラフ・リヒテル(1915−1997)

最近ショパンコンクールが行われ日本人が2名入賞した、ということで話題になったが、私は興味がなかった。私の家内は非常に興味を持っていて、コンクールのほぼすべての演奏をきいていた。彼女の話では、本コンクールから審査基準が大きく変更されたそうで、例えば大きなミスをした人でも減点されず、次のステージに進むことがあったそうである。また中国の演奏家は全滅だったそうである。21世紀になってクラシック音楽は聴衆を失ってきている:私も確実に魅力がなくなってきている、と感じる。最大の原因はグローバリゼーションにより演奏家の均質化が進んだことだ。演奏家の個性が消失し、ヨーロッパ諸国のローカルな芸術がグローバル化され、地域ごとの個性を失いつつある。ピアニストについては、コンクールでの成功のため審査基準に沿った演奏を目指すために、各人の個性が消えていく。個性的な演奏を行う図抜けたピアニストは自動的に排除されてしまう。ショパンコンクールもこの点にやっと気がついたと思われ、審査基準を変更したのだと思う。ただし、国際的コンクールの審査方法の変更が世界の音楽教育に影響を与え、さらに新しい音楽家が育つまでには、20−30年以上の時間が必要であろう。

スヴャトスラフ・リヒテルはグローバリゼーションでクラシック音楽が衰退する以前、20世紀において最高のピアニストと讃えられた演奏家である。なぜ「最高」と呼ばれているのか? まず純粋にピアニストとして、欧州の評論家の高い評価を受けるためには、ショパン、シューマン、リストというロマン派の作曲家の楽曲がレパートリーに入っていなければならない。例えば、バックハウスはレパートリーがベートーヴェン、ブラームスなどドイツ古典音楽が中心なため、ベートーヴェン演奏という制限付きでの高評価となる。グレン・グールドも同様バッハ演奏の大家、ということになる。対照的なのがホロヴィッツでショパン、シューマン、リストそしてロシア音楽がレパートリーの中心だが、ベートーヴェンは外れている(ベートーヴェン後期の演奏は多分ない)。しかしホロヴィッツはロマン派の巨匠とは呼ばれず、シンプルに偉大なピアニストとされている。楽器としてのピアノが完成したのが19世紀前半で、完成したピアノに対する楽曲を作ったのがロマン派作曲家だったので、ロマン派が弾けなければピアニストではない、ということなのだろう。

20世紀には多くの大ピアニストがいるが、万人を圧倒する演奏をするピアニストとすれば、ホロヴィッツ、リヒテル、ベネデッティ・ミケランジェリ、ポリーニの4人ではないだろうか。4人共ロマン派の音楽を得意にしている。

コメント:アルゲリッチも人を圧倒する演奏を行うが、ホロヴィッツと演奏の与える印象がかぶるので、ここでは外した。

リヒテルはこの4人の中でも、バッハ、ベートーヴェンからロシア音楽に至るまで圧倒的に広範囲のレパートリーを持っていて、しかも生涯演奏回数も多い。そのため「最高」と評価する評論家が多いのだろう。

リヒテルは旧ソビエト連邦出身のピアニストであり、1950年代末になるまで西側諸国に現れることがなく「幻のピアニスト」と称されていた。ただしロシアのピアニストか、と言われれば、それはたぶん違う。リヒテル本人は自分には3人の師がいる、と云っていて、一人は父のテオフィル・リヒテル、2人目はモスクワ音楽院のゲンリフ・ネイガウス、3人目はリヒアルト・ワーグナーであった。父のテオフィル・リヒテルは在留ドイツ人で、ウィーン国立音楽大学でピアノと作曲を学んだ。父はドイツ・オーストリアの音楽教育を受けているため、リヒテルもその伝統を受け継いでいるはずである。最初は父の手ほどきを受けたものの、その後ほとんど独学で、ネイガウスが最初に会ったとき、すでに完成したピアニストで何も教えることはなかった、という。リヒテルからすれば学ぶところが多かったのかもしれないが、ネイガウス自身はリヒテルを天才だとして、特に指導はしなかった、という。

ブリューノ・モンサンジョンがリヒテルの素晴らしい伝記を残しているが、その後半にリヒテル自身の音楽ノートが収録されていて、他の演奏家や自身の演奏及び録音についての感想が綴られている。音楽ノートを読み通すと、リヒテルが同業者についてどう考えていたか見えている。いろいろなピアニストについて感想を述べているが、気にしていたピアニストはわずか2人で、ベネデッティ・ミケランジェリとグールドのみだ。リヒテルとベネデッティ・ミケランジェリは対照的で、リヒテルは打鍵が強く上部雑音が大きいが、ミケランジェリは上部雑音を最小にする演奏をする。リヒテルのレパートリーは広範囲だが、ミケランジェリのレパートリーは狭い。ミケランジェリは一曲を完全に演奏できるまで長時間練習する必要があり、レパートリーの拡大に興味はないようである。グールドの演奏は、同時代のピアニストにとって技術的に驚異的なものであったらしく、リヒテルは「グールドのように演奏することはできるが、物凄く練習しなければならなかった」と云っている。

私は叔母藤村るり子の影響もあり、ずっとバックハウスやケンプらドイツ系ピアニストの演奏を聴いてきたが、バッハの平均律をきっかけにしてリヒテルの演奏を聴くようになった。リヒテルにはスタジオ録音も多いが、それ以上に演奏会の実況録音が残されている。私はベートーヴェン、シューマン、ラフマニノフなどはリヒテルを基準に聴く演奏を決めている。最も強く感動したのはバッハの平均律第一巻で、この意見に賛同する人は多いのではないか。ただ、あまりにも強い印象をうけるので、聴く機会は少なくしていて、普段はグールドのバッハを聴いている。


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西側諸国への登場のきっかけになったブルガリア・ソフィアでのリサイタル録音(1958)も素晴らしい。ウィキペディアで紹介している「展覧会の絵」よりも、アンコールの小品群がよい。


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最初の西側制作陣(ドイツ・グラモフォン)による録音はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番だったが、ドイツ・グラモフォンの制作陣が録音会場に来てピアノが調律されていないので狼狽した。しかしリヒテルはちょっと弾いて、大丈夫と云って、録音したのが次の演奏で、現在でも同曲の代表的名盤とされている。私は気にならないが、人によっては音程がずれるため気分が悪くなるらしい。


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